こんにちは、らくからちゃです。
ぶらぶらAmazonで『面白い本はないかなあ』と見ていた所、ちょっと気になる本を発見してしまいました。
8月に上梓された、割りと発売ほやほやの本で、レビュー等はほとんど無いのですが、中々面白い!内容はというと、『残業税』なる法律が施行された近未来(?)での、お話。残業税の仕組みを、本文中から引用させていただくと、こんな感じ。
残業税は、正式には時間外労働税という。
労働基準法では、一日八時間または一週間四十時間を法定労働時間と定めており、これを超える労働については、割増賃金を払わなければならない。この割増された賃金の二割が、時間外労働税として労使折半で国に収められる。
つまり、法定外の残業を一時間して、二千五百円の賃金を得たとすると、労働者は二百五十円の残業税を天引きされ、使用者は天引き分を含めて五百円を納税する。これは労働者の身分が正社員であろうが契約社員であろうがアルバイトであろうが変わらない。
たとえ残業代が支払われなくても、残業すれば納税義務は生じる。だが、実際には、残業代を払わずに残業税だけ天引きする事業所はない。そのため、「サービス残業は脱税」という表現になるのだ。
さらに、月換算の残業時間が増える毎に、税率はアップする。四十時間を超えると、超えた分は四割、過労死ラインの八十時間に達すると、以降は実に八割だ。つまり、残業時間が増えると、労働者の手取り減り、企業の負担は増える。
「労働力は国の根幹となる資産だ。過剰労働でこれを毀損することは許されない」
ある厚生労働官僚はそう訴えた。時間外労働を抑制し、過労死や労働災害を抑止するのが、残業税の目的のひとつだ。残業税 p6-p7
さーて、ここまで読んで頂いて皆様どうお感じでしょうか?きっと色々な疑問が出てきたと思います。たぶん、一番の疑問は『残業代から税金を取るっていっても、その残業代自体が、サービス残業などでちゃんと計算されているかどうか怪しい会社が多いんじゃない?』ってところかなーと思うんですよね。
残業に対して、税金がかけられるようになる以上、サービス残業や残業時間の過少申告は『脱税』ということになります。このお話は、残業税調査官、通称『マルザ』による残業時間の不正申告を取り締まりについて何例化あげながら、『残業税が導入されたら、世の中どうなっちゃうのかな?』について思考実験をしてみた本、ということになります。
残業税という思考実験
『残業税』というアイデア自体は、なかなか面白いなーと思いますが、それを導入することによる効果や影響として、こんなことがあるかも、ということを結構深く考察しているところも面白いんですよね。
あと、前掲の設定だけでは、いろいろと突っ込みどころ満載だと思いますが、それぞれ細かな設定も本文中で行われており、あわせて中々興味深い。 残業税は、法人税の引き下げと同時に導入された、となっています。法人税の減税が意味を為すのは、黒字の大企業だけ。その結果、飲食店を中心として、違法なサービス残業が常態化していた中小企業は、ばたばたと倒産していく。
もう一つ、重要な設定が、残業税導入と同時に行われた解雇規制の緩和。いままで『多少仕事が出来なくてもサービス残業でカバー』してもらっていた人たちにも、きちんと賃金を払う必要が出てきます。全然仕事できない人を抱えたまま、残業代はきちんと出せ、なんて言われたらたまったものじゃないぞ、という意味か、解雇がしやすくする仕組みも合わせて導入された、という設定のようです。
つまりこれは、『労働力』という資源の需要と品質を正しく表に出すようにし、それが社会の中で、より最適に配分されるためには、『残業税』が役に立つのでは?という筆者の考えにもつながってきます。
残業できない社会において労働者は幸せになれるか
ストーリーは、あの手この手で不正を企てる企業に対し、マルザと労働基準監督官のペアで、びしばしそのトリックを見破りながら追い詰めていく、というような内容になります。乱暴にまとめると、
と
を混ぜたようなもの、と思ってもらったらいいかなあ。
面白いのは、ある職場では『経営者は自分の夢を叶えてくれるんだ』と、ある職場では『そんなこと言ったって、残業せずにいい仕事が出来るわけないじゃないか』とある職場では『お客様や後輩のため、寝る間を惜しんで働くのが当たり前じゃないか』と、労働者側が『経営者に不正残業を強いられていることを証言することを拒否する』といった流れがメインです。
さてみんな、なんで残業をするのでしょうか?残業代がなければ生活が成り立たないから、という人がかなりの数でいるのも事実でしょう。でも、それだけだと世に蔓延る『サービス残業』については説明がつかないですよね。
サービス残業を強いる多くの経営者は、
- 時間を無視してでも働くことによって夢が叶えられる
- いちいち残業代なんて払っていたら会社がもたない
- 大事なお客様の笑顔のためには時間を惜しんで働くのは当然
などと言葉巧みに、残業代の支払をスルーしていく。でも厄介なのは、あえて厳しい言葉を使うと『その言葉に甘えてしまう労働者』が出てきてしまうことなんですね。
本当ならば、『残業代ももらいながら夢は叶えればいい』し、『そもそも効率をあげて残業しなければいい』し、『お客様に気持よく接客するためにも、必要な人員は増やすよう交渉するべき』はずなんですよね。
本当に優秀な人達は、短時間の労働でも成果をあげ、さっさと帰ることが出来る。真面目な怠け者は、無能力を長時間労働で解決しようとする(書いてて耳が痛いなあ)。そして、それを経営者の『頑張っている』という言葉で正当化しようとする。そこに根本的な原因があるんですね。
『残業税』の世界は、健康的ではあるものの、自分の労働を安売りすることで、生計を維持することができなくなる、厳しく残酷な世界なんですね。
それでも労働時間は短縮すべきである
この話を読んでいて、ふと思い出したのは、前にまとめさせて貰ったこちらの会社。
『家族揃って晩ごはん』というスローガンの力も大きかったと思いますが、この会社が目指そうとしたのは『長時間労働をチームの力で解決していこう』としたところ。
この会社の基本的な考え方は、『終身雇用』『年功序列』という、極めて日本的な価値観です。つまり、『個々人の力だけでなく、会社全体としてより働きやすく、より長く務められる職場を目指そう』とする考え方の上に、経営層が『利益だけじゃなくて、ちゃんと自分の時間も持てるように、みんなで考えようよ!』という方向性を示した結果なんですね。
一方、『残業税』の世界はどうでしょうか?皆ライバルである以上、個人間での教え合いや、会社全体の合理化で効率化を目指すという考え方とは、真逆の方向性になると思います。
『残業税』のような社会を作るためには、自分の生産性をあげるための自己投資の場や、大卒学部問わずなんて教育の価値をまるで否定するような採用(参考:『大卒学部問わず』という学歴フィルター)がなくなっていくことも合わせて進めていくような必要もあると思います。
さて、アプローチは色々とあると思いますが、何か大きく考え方を変えようとすると、『残業税』のように、トップダウンで物事を進めたほうが進めやすいのかもしれません。それは、多くの人にとって、大きな苦痛になるかもしれません。でも、それでも、より良い社会を作るためには、労働時間を短縮しなければならない。
筆者は文中で、登場人物たちに何回も、その理由を語らせていますが、その中で一番『筆者の想い』を一番感じた箇所を、引用致します。(ネタバレ防止の為に、一部伏せ字にしています。)
「故郷には帰っていますか? 家族とは会っていますか?友達と遊んでいますか? 恋人は?」
危険な賭けだ。両親が亡くなったりしていたら、二度と心を開いてもらえなくなる。矢島は思わず目をつぶりそうになった。
「失礼です」
びしゃりと言って、◯◯はまなじりをつりあげた。
「そんな暇があるわけないじゃないですか。仕事仕事で誘いを断っていたら、友達も彼も、みんな離れちゃったの。親からの電話に出ることも出来ない。みんな辞めろって言うし。他人事だからって、簡単に言わないでよ。無視してたら、いつのまにか誰もいなくなっちゃった。私だって遊びたいわよ。でももう遅いでしょ。友達もいない。彼にはふられた。もうひとりよ。このままずっとひとりだわ。どうしたらよかったのよ」
まくしたてると、◯◯は机に突っ伏した。顔をうずめた細い腕のあいだから、嗚咽がもれてくる。 今度は、哀しみが痛いほどに伝わってきて、矢島は目を伏せた。
「じゃあ、考え直してみましょうよ」 西川が語りかける。
「みんなが言うなら、それがきっと正しいんだ。定時まで仕事をして、あとの時間は自分のために使う。友達とおしゃべりする。ショッピングに出かける。おしゃれをしてデートする。それが普通なんです。たまには故郷に帰って、昔の友達に会ってみたり、親に元気な顔を見せたりしましょうよ。仕事に追われて、しかも充分な給料ももらえなくて、ただ必死に働いているだけで、人生で一番輝ける時期を失っていいんですか。あなたはもっと幸せになれる。そんなにきれいで、そんなに頭がいいんだから、もっと楽しいことがたくさんあるはずなんだ
自分も目をうるませて、労働基準監督官は必死に訴える。
「会社があなたに何をしてくれますか。落ちこんだときになぐさめてくれますか。疲れたときにいたわってくれますか。泣いているときに抱きしめてくれますか。それは人間にしかできません。今、あなたの周りには人間がいない。でも、まだまにあうんです。人間のいる世界にもどりましょうよ」
残業税 p222-223
残業税、という思考実験も面白い一作でしたが、自分の働き方を見つめるという意味でも良い一作でした。お暇な時にでも、書店で探して見て頂ければ幸いです。
ではでは、今日はこの辺で。