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ゆとりずむ

東京で働く意識低い系ITコンサル(見習)。金融、時事、節約、会計等々のネタを呟きます。

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AO入試で底辺校から有名校へ進学した男のその後

個人開発・勉強


こんにちは、らくからちゃです。

年も暮れですが、近所の予備校には今日もたくさんの受験生さん達が勉学に励みに来ているようですね。そういや、ここ最近センター試験の制度が変わったり、色々と高校生たちも大変ですね。大学入試、ということでちょっと気になったのがこちらのニュース。

www.j-cast.com

早稲田大学が、AO入試の比率を拡大するみたいですね。この記事の中で、ちょっと注目して読んで見て欲しいなあというのがこの部分。

 理由の1つとして、早大では、入学後の学業成績を見ると、AO入試の入学者が最も良く、続いて推薦入試の入学者がよかったことを挙げる。

皆さんは、AO入試についてどのようなイメージをお持ちでしょうか?恣意的な選考が行われる可能性が高い?学力低下の元凶?入学させて大丈夫なの?それとも、某STAP細胞の人?

人それぞれ、イメージはあると思いますが、AO入試について辞書をひいてみると、こんなふうに記載されています。

《AOはadmissions office(入学事務局)の略》大学入学試験の方法の一。学力試験では判断できない受験者の個性や目的意識などを総合的に評価するため、書類審査や面接、小論文などを組み合わせて合否を判定する。

エーオーにゅうし【AO入試】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

AO入試とは、Admissions Offiece(入学管理局)の示した『大学が求める学生像(アドミッション・ポリシー)』に合致する学生を求めるための入試方法となっています。この説明だといまちち良くわからないと思います(笑)重要なポイントは、『大学側が来て欲しい学生を明示的に選び取る』というところにあります。

学力試験は行われないことも多いのですが、結構厳しいハードルが課せられていたり、面接や小論文等にて求める学生像と一致するかどうかを判断して合否が決まります。最近は、AO入試向けの対策なんてものもあるみたいですが、AO入試にもAO入試なりの『難しさ』があります。

何を準備すればいいかわからない人のためのAO入試・推薦入試のオキテ55

何を準備すればいいかわからない人のためのAO入試・推薦入試のオキテ55

 

現在、大学入試におけるAO入試の占める割合は年々上昇してきているようで、平成24年度では8.5%、5万人近くの学生がAO入試にて大学への入学を決めました。

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(出典:AO入試等の実施状況について)

入学者数だけで言うとそれなりに増えましたが、まだまだ社会全体に占める『総合格者』の比率が少ないからか、AO入試に対する認知度は未だに低いような気がします。まあ、『Aho demo Okay入試』なんて、自虐的に言ってみたりもするのですが、入学後の成績については、先程の例のように高評価を得ている場合もあります。

一方、AO入試で入学した学生の方が一般入試で入学した学生よりも学力が優れているという報告もある。例えば慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスでは、「AO入試の導入以降、一貫してAO入学者のGPA(Grade Point Average)換算の成績(平均値)が一般入試による入学者よりも高い。」。また、早稲田大学においても、(AO入試による)入学者の入学後の学業成績も、一般入試による入学者に比べ概ね良好である」と報告している[13]。更に東北大学の学内調査においても、AO入試組の方が一般入試組よりも学力が高いという結果が出ている。このため、東北大学ではより学習意欲が高い学生を獲得するため、一般入試の後期試験を廃止し、AO入試枠を拡充した。
(出典:AO入試 - Wikipedia)

もちろん肯定的な評価ばかりじゃないですけど、未だ世間での全体的な認知が低いのは、単純に人数が少ないだけでなく、情報が少ないことも一因なのかなーと思うんですね。

とまあ、ここまで色々語ってきたのも、わたし自身がAO入試での入学者だからです。そういや最近知ったのですが、尊敬するよっぴーさんが母校の先輩であることが判明いたしました。

芝生が懐かしいなあ。でまあ今回は、AO入試で『うっかりそこそこ有名な大学に入ってしまった男』のその後の顛末について、当事者の立場から色々と書いてみたいな、と思います。

自分の母校のことを『有名校』なんていうのもどうかと思いますし、もっと有名な大学なんて幾らでもあるのですが、偏差値40台の高校に通っていたわたしから見れば、関西の私大最上位グループの母校はまさに坂の上の雲だったんですね。

本稿では、

  • AO入試での受験に至るまで
  • AO入試の実態
  • その後の学生生活と社会人生活

について、まとめてみたいと思います。今後の後進となる受験生の参考になれば幸甚の至りであります!

上ヶ原・爆笑大学 <新版むさしキャンパス記>

上ヶ原・爆笑大学 <新版むさしキャンパス記>

 

中学・高校時代

 中学時代

もともと、真面目に勉強をするようなタイプでありませんでした。

わたしが中学生時代を過ごした時期は、まさに『ゆとり教育』まっただ中。『ナンバーワンよりオンリーワン』『偏差値よりも個性』。そんな話をずっと聞かされながら育ちました。

我が家には、亡くなった父が残した、5インチのフロッピーディスクやら、PC98のマシンやらが身近にあって、ITは比較的身近な存在でした。祖父の買ってくれたIBM Aptiva 24Jという『マイ機』でインターネットの海の波打ち際で、ばちゃばちゃやりはじめるようになると、『インターネットがあれば世界に壁はなくなる。良い学校を出ることなんて無意味だ。』なんて思うようになったんですね。

主な楽しみといえば、ネトゲと2ちゃんねる。今で言う『ネトウヨの巣窟』だったニュース速報+板とかで、朝まで揚げ足取りをしたりして遊んでいました。

そんな生活をしている中で、『家から一番近くて、早く帰ってネットで遊べる』と、特に深い考えはなく、あたり一帯で一番おつむが悪いと評判の高校へと入学しました。

高校時代

ほとんど何も考えずに選んだ学校でしたが、なかなか面白い世界でしたよ。数学が出来ないというから話を聞いてみると『bとdの区別がつかない』とか『分母って上のほうで良かったっけ?』とか、そういった次元ですから。

よく彼らの指導役を命じられました。彼らと話してみると、他の人々が『ふーん、そういうもんか』と無視するようなことであっても、彼らはアホ故に『いま何を学ぶべきで、自分が何を理解しなければならないのか?』がわからない

印象に残っている質問があります。『なんで、teaでティー何だよ!テアだろ!』と。多分、良く出来た生徒は『そういうもんだ』と特に疑問にすら思わないと思うのですが、彼らはこういったところで躓き、前に進めなくなる。しかし、こういった問いにもきちんと答えてあげないと、前に進めないんですね。その都度、『昔はeaでエアって言ったらしい。それが時間がたつにつれ、イーに変化したんだとさ。日本語の"は"とか"へ"とかもそんなもんじゃね?』なんて、ひとつひとつを一緒に解きほぐしながら進めていく必要がありました。

また、彼らのもともと低いモチベーションを維持するのはかなり大変です。授業中、教師に『この問題の答えは?』と聞かれ『A』と答えた後、教師が聞き取れず『ん?』と聞き返す。それに対し、はて間違ったか?と思い『B』と答え、『間違っている。Aだ』と答えられただけで、『なんだよ、あってたじゃねーか』と彼らのやる気はほぼ無くなります。

そんな彼らの頭のなかを、仕草や受け答えから読み解いていく必要があったので、人に教える技術だけは随分鍛えられた気がします。合わせて、誰かに説明できるレベルまで、徹底的に物事を理解するクセもついたような気がします。

しかし彼らの相手ばかりしていたら、流石にちょっと将来が不安になってきたんですね。そこで資格検定試験でも受けてみるかと思い、まず手始めに挑戦したのは、NTTコミュニケーションズが主催していたドットコムマスター。当時、現役引退させたAptiva24JにLinux(当時はRed Hatだったかな)をぶち込んで遊んでいたのですが、その知識も活かせて比較的簡単に合格することが出来ました。

次に受けたのは、今はなき『初級システムアドミニストレータ』。こちらは、生まれて初めてまともに『受験勉強』をした結果、合格点ギリギリでしたが合格しました。

受験生時代

でまあ、そんなこんなをしている中で『経済学』がしたいと思うようになっていたんですね。2ちゃんねるでうだうだやりながら、学校では色々と面白い仲間に囲まれていると、『俺はきっと凄い技術を生み出すことは出来ないけど、誰かが生み出した技術をみんなに伝えて世の中を豊かにしよう。その為に、世の中のお金のしくみを学んで、経営や会計の世界にITを広げて、このアホどもを救おう』なんて生意気なことを考えていました。

大変残念なことでありますが、お勉強の出来ない子たちの通う学校というのは、たいていスポーツも出来ません。わたしが所属していた剣道部も、誰も真面目にやろうとしなかったので、いつもそれは散々な結果でした。

勉強もスポーツも終始こんな感じですので、どうせならそれなりに良い大学に行ったほうがいいのかなと、思うようになったんですね。

まずは『どんな環境でも勉強は出来る』と啖呵を切って入った学校なんだし、部活も『誰もやらないんだったら、自分からやろう』と思い、朝の7時に学校に行き、30分ほどひとりで素振りと瞑想をしてから、1時間くらい受験勉強をする。そんな生活を始めました。そうそう、その時読んでいた本を紹介します。

なまけ者の3分間瞑想法

なまけ者の3分間瞑想法

 

 『瞑想』っていうと何だか難しそうに思いますが、一番お手軽にわかりやすく学べる本だと思います。

AO入試の実態

受験までの準備

そして受験勉強をしている中で、後に母校となる大学が、ちょうどその年からAO入試を開始する、という話を聞きます。初めての試み、ということで何も事前情報はありません。でもそれは、私以外の受験生はみんな同じです。『時間の無駄になるのでは?』という話もありましたが、『折角のチャンスなんだから、やるだけやってみよう』と願書を取り寄せました。

AO入試は、高校卒業見込みであれば、誰でも出願できるというわけではなく、大学側が示したアドミッションポリシーに合致する必要があります。母校の最新のアドミッションポリシーを見ると、こんな感じ。

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わたしの場合、『個人的な自己研鑚』だかなんだかのところで、初級シスアドその他の合格証書をひっつけて出願したような記憶があります。

また、『志望理由書』もあわせて提出する必要があります。確かその中で特に力を入れて書いたのは以下三点。

  1. 経済学の根底にある『世を経て民を済う』という考えと、スクールモットーである"Mastery for Service(奉仕のための練達)"は非常に近い考えであり、学びたい内容に一致していること。
  2. 図書館の設備が素晴らしく、学ぶ環境が優れていること。
  3. 経済だけでなく、会計も学びたいため、二学部同時卒業の制度があることが魅力的であること。

就職活動のエントリーシートもそうですけど、こういった『志望理由書』を書くときのポイントは、些細であっても『そこにしか無い独自の何か』に言及することですね。

1次試験

入試は、1次と2次の二段階方式になっていました。

1次試験は、事前に『小論文』とだけあったので、『あたって砕けろでやるしかないよね』と思いながら、会場へと向かいました。どうも聞いていると、1次試験も『前半戦』と『後半戦』があるようでした。

会場で最初に配られた紙に書いてあったのは、『ヘブライズムとヘレニズムの違いに関する考察』とかそんな感じのタイトルの小論文。歴史好きだったことが功を奏したのか、2ちゃんねるでうだうだやっていたときの知識が活かせたのかは分かりませんが、これは割りと筆が進み、さらっと書くことが出来ました。

問題は、2個めの問題。今でも忘れられませんが、やたら真っ白な紙の上のほうに、たったひと言こう書いてありました。(問題文はうろ覚え)

What do you think about teaching english elementary school in Japan?
(write 200 to 300 words)

(  Д ) ゚ ゚

英作とか聞いてねえよ(´Д⊂グスン と思いながら、とにかくもうここまで来たら、やけくそでも書くしか無いよね。と思いながら、I think about ... と適当に『英語を覚えさせるより先に覚えることはいっぱいあると思う』的なことを書きなぐりました。

あー、きっと此処に来ることはもうしばらくねえなーと思いながら、時計台を背に駅まで向かいました。2次試験の案内が到着したのは、それから数週間経った後でした。

2次試験

2次試験は面接でした。一斉に行われる筆記試験とは異なり、待合室となったチャペルから、順番に受験生が呼び出されていきます。ちょっと、心を落ち着かせようと思い、目の前にあった聖書を手に取りました。そして、お目当ての一節を探しだし、心のなかで何度も唱えました。

求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。
門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

マタイによる福音書7章7節

 名前が呼ばれ、小教室に入ると、難しそうな顔をした教授がずらっと並んでいました。細かい受け答えは覚えていないのですが、自分が取り組んできたこと、人に教えるために挑戦したあれこれ、何故経済学に興味を持ったのか、そんな会話で結構盛り上がった記憶があります。

ひとつだけ、『あなたが、モットーにしている言葉などはありますか?』という質問だけは記憶にあります。チャペルの中で何度も暗唱したあの言葉を唱え、『どんな環境でもやれることはやる。あとは、神に祈るだけです。』と答えました。気分はこんな感じ。

置かれた場所で咲きなさい

置かれた場所で咲きなさい

 

そんな祈りが届いたのか、合格者発表の板には覚えるまで見た番号が書かれていました。

入学後

新入生時代

『本当に、勉強についていくことが出来るんだろうか?』そう不安を抱きながら始まった新入生時代は、『周囲と馴染めない』という別の不安に切り替わっていました。

高校に合格の連絡をしたところ、翌日にはまるで野球部が甲子園に出場が決まったかのような大きな張り紙が校舎入り口に貼りだされていました。通っていた高校から、このレベルの大学への進学者がでるのは、十年ぶり位だったそうです。

当然新入生の中には、同じ学校の人は一人も居ません。また見ていると、同じ予備校や塾に通っていたもの同士でも仲良くなっていたようですが、そういった所には一切通っていなかったので、そういったつながりも有りませんでした。

また、新入生の輪に入ろうと話を聞いていても、いつも出てくるのは『受験』の話。周囲に知り合いのいない地方出身者も、かなり多くの人がこのテーマで盛り上がり、仲良くなっているように見えました。

話を聞いていても、『受験勉強の細かいテクニック』『どの学校のランクがどれくらいで、自分はこうした』『どの予備校が凄いと思うか』とかそんな過ぎ去ったはずの話を延々としているのです。授業の話にしても、『どの科目が楽そうか』とか『出席扱いにされるための方法』とか、全く低次元な話ばかり。

授業は、そんな彼らのレベルに合わせてか、全く苦もなくついていくことが出来ました。かなり物足りなかったので、入試の際にも話した『他学部同時卒業』の制度に挑戦していました。

 はっきり言って、ちょっとがっかりしてしまいました。けれど、高校生の頃から『勉強したいことがあれば、一人でもやる』ことは鍛えられていましたので、ただひたすら勉学とアルバイトに打ち込むことにしました。特に力を入れたのは簿記。入学して最初の検定で3級を、次の検定で2級を取得しました。その次に受けた1級は2点足らずに不合格。その後何度か受けたものの、既に勉強しきったことをもう一度やることにモチベーションが上がらず、今に至っていますが(笑)

ゼミ生時代

母校では、2年の後期から『専門科目のゼミ(研究室)』が始まります。わたしが所属したのは、地域の産業構造の分析を行うゼミ。元々、地域経済の振興に興味があったのと、このゼミがディベートに力を入れており、かなり優秀なメンバーを集めているというところに惹かれての選択でした。

ここで、『チームワーク』という壁に当たります。ディベートでは、5〜6人のメンバーで、対戦相手に勝利するために、データを調べ、議論を組み立て、資料を作る必要があります。今まで、わたしが鍛えてきた能力は『人に教えること』と『一人でもやりぬくこと』の2つであって、『多数のひとをまとめること』に関しては全くの不得手でした。

一般的に、チームで何か作業をすすめる場合は、最初にそれぞれの専門分野を決めてすすめるかと思います。うちのゼミでも別のチームはそういった方式で進めていました。ただ、私にはそれが出来ませんでした。どうやって分担を決めればいいのかわからないし、第一『他人に任せる』なんてことが出来なかったんですね。そこで、まずは一つの分野を全員で『総合的に取り組む』方式を採りました。

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最初に、わたしが土台となる資料を集めてきて、みんなで少しづつ掘り下げていく。最初は、非常に非効率な方法だと思いました。でも、だんだんと分かってきたのが、『みんなが同じ方向を向いている』ということの強みです。共通となる議論のフレームワークを決めて、そこを出発点とする。落ちこぼれが出ないように、みんなで意見を一致しながら、進めていく。

意見をまとめるために、『Wiki』を導入したり、『まとめ資料』を作ったり、いろいろな手を打ちました。

最初は、メンバーのことは殆ど信頼していませんでした。しかし、議論が進むうちに、それぞれが他の人の見えていなかった視点を加え、気がつけば非常に幅の広い議論に対応出来るチームに仕上がりました。もうその時には、彼らは無二の戦友となっていました。

その結果、学内でも最強と呼ばれるチームに対して、勝利を勝ち取ることが出来ました。その時、わたしが勝ち得たのは『多数のひとをまとめること』というひとつのスキルでした。

社会人生活

就職活動では、途中で辞めたものも含めて、20社位受け、3社から内定をいただくことが出来ました。そのうちの一社が、大学時代に学んだ会計が活かせそうな職場だったので、そこに決めました。

入社後も、自分の商売道具である会計についてぽつぽつと勉強を続けながら、社内での簿記勉強会を主催し、『会計のらくからちゃ』をアピールし続けました。思えば、元から『会計がそこまで好きだったのか?』と言われると、どうなんだろうって感じはします。ただ、自分が武器に出来る分野をひとつ決めて、それを主張することで、間違いなくその分野に鍛えられていきます。

採用後の、配属前面談でも『色んなお客さんの会計を見られる部署が良いっす!』と主張した結果、現在所属している顧客支援の部署に配属させていただくことが出来ました。やっほーい。

配属後も、そこまで自信があったわけではありませんでしたが『会計ならお任せ下さい!』と繰り返し主張することで、そういったお仕事に継続的にアサインして頂けて、そういった分野を伸ばしていくことが出来るようになりました。

そして、今に至ります。

まとめ

よく、『日本は大学教育は機能していない』とか『学生の意欲が低い』といった言葉を目にします。すべてがそうではないとは思うのですが、そういった側面があるのは事実だと思います。

色々な原因があると思うのですが、一番大きな問題点は、社会全体が学ぶことに対して冷めていることなんじゃないのかなあって思うんですね。経済学や会計学を学んだからといって、その知識が活かせるのは非常に限定された分野だけです。

でも、勉強するって、そういうことじゃないでしょう?

かつて、こんな言葉を残した一人の天才が居ました。

Education is what remains after one has forgotten everything he learned in school. The aim must be the training of independently acting and thinking individuals who see in the service of the community their highest life problem.

教育とは、学校で習ったすべてのことを忘れてしまった後に、自分のなかに残るものをいう。そして、その力を社会が直面する諸問題の解決に役立たせるべく、自ら考え行動できる人間をつくること、それが教育の目的といえよう。

Albert Einstein アルバート・アインシュタイン(1879-1955)

わたしが、大学で学び鍛えたものは、

  • 徹底的に理解して誰かに伝えること
  • 自分から率先して学んでいくこと
  • みんなを巻き込んで動かしていくこと

の3つでした。思えばどれも、無我夢中で勉強に打ち込む中で、得ていったもののように思います。

さて、AO入試の狙いである『学力試験では判断できない受験者の個性や目的意識などを総合的に評価する』というものが、どういった学生を育てることに役に立つのかは、色々な意見があると思います。学力試験による選抜を否定する気は全くないのですが、こういた制度が用意されていることによって、学ぶことの意味やその目的について考えるきっかけにはなるんじゃないのかなあと思うんですよね。

まずは、こんな雑草みたいな人間を、綺麗な花壇の中に入れてくれた母校に感謝しつつ、いずれ『成功事例』のひとりに数えてもらえるよう、精進せねばと思う日々でございます。

ではでは、今日はこの辺で。