ゆとりずむ

東京で働く意識低い系ITコンサル(見習)。金融、時事、節約、会計等々のネタを呟きます。

夫婦を超えてゆけ


先日、1月5日に結婚一周年記念日を迎えることができました。

月次処理が無事完了するまでの待機命令が出ていたため、当日は二人で過ごせなかったけれど、翌日に結婚祝いのディナーを二人で楽しませて頂きました。

 たまにはこういう贅沢もいいね!あと生まれて初めてバラを贈ってみたものの、花瓶が無くて二人で苦笑い。

もう一年も経ったんだなあという想いと、まだ一年なんだなあという想いが交錯するものの、改めて振り返ってみると、この一年は今までの人生で一番幸せな一年でした。

今年で、交際しはじめてから11年目、同棲し始めてから5年目になりますので、生活に直接の変化は余り有りません。わたしと同年代の人の間にも『わざわざリスクが増えるだけ結婚なんて意味無いんじゃない?』という人も少なく有りません。

結婚に意味はあるのか

 以前、同棲10年目のカップルを描いたマンガが人気になりましたが、結構読んでいて共感できるシーンも沢山ありました。

本作の中で『同棲生活も10年を超えると、子供ができでもしない限り、結婚なんてしないだろう』なんて書かれ方もしていましたが、恋愛結婚が多数派かつ婚前同棲も当たり前の現代においては、わざわざ結婚するメリットは余り多くないように思われます。

わたし自身、結婚してから改めて『結婚ってなんだろう?』と考えていました。そんな中で、非常に面白かったのが今年ドラマも話題になったこちらの作品。

未読の人のために、簡単にあらすじを説明します。

主人公のみくりは、就職活動に失敗して派遣切りにもあう中、父親のツテで会社員である平匡さんの家政婦の仕事を紹介されます。ところが、額は少ないながらも仕事が軌道に乗ってきたところで、家族は引越すことに。

今の仕事を失いたくないみくりと、家事をしてくれる人を失いたくない平匡の利害が一致し、二人は偽装結婚を行います。

あくまで『夫婦』でもなく『恋人』でもなく、『雇用主』と『労働者』との関係で、家事を仕事として発注して行うだけの関係だったはずが、周囲のひととのやりとりも行いながら、だんだんその関係が変わっていって・・・

ざっくりいうとそんな感じのストーリーです。

最初は、自分のことだけを考えてはじまった生活。お互いの領分を侵さないように生きていたのが色んなひととの関係の中でそれが少しずつ変化していく。そんなところが面白い作品でした。

夫婦を超えてゆけ

ドラマと共に、人気になった主題歌の『恋』。ガッキーのダンスや耳に残るフレーズも良かったのですが、改めてストーリーと照らし合わせて歌詞を読み返してみると、これがまあ良く出来ているんですよね。

一番では、冒頭の"営みの""意味なんか""暮れたら""暮らし"で音を絡めながら日常の景色を叙景的に語る一方、二番では"みにくいと秘めた想い"から内面的な部分を叙情的に紡いでいく。

また一番ではカラス、二番では白鳥と、鳥の中でも黒・白対象的なモチーフが取り上げられます。カラスは比較的身近で『賢い』とされる動物ですが、白鳥はみにくいアヒルの子や水面下で激しく足を動かすという説話からも『伝えられない想い』を暗喩させる。

そして一番では『二人』、二番では『一人』というキーワードを織り交ぜながら『夫婦を超えてゆけ』としめる。

これがこの歌の構造です。

そこに載せられた意味を考えていくと、一番では"意味なんか無いさ 暮らしがあるだけ"と、二人で賢く生きていこうとする姿がテンポよく語られています。続く二番では、そんな暮らしの中で生まれた"秘めた想い"から"恋せずには居られない"と繋がり、"愛が生まれるのは 一人から"となります。こう対比することによって『愛』という存在が、二人を超えたところに在ることを示しているのじゃないでしょうか。

これが最後の

"夫婦を超えてゆけ
 二人を超えてゆけ
 一人を超えてゆけ"

と繋がっていくんですね。普通に考えると『一人を超えて、二人を超えて、夫婦を超える』という順番になりますが、この歌の趣旨を考えれば、この順番が正解なんですよ。言い換えれば、

"夫婦という制度を超えて
 二人の合理的な生活を超えて
 一人の理性を超えたような恋をしよう"

そんな想いがこめられているんじゃないでしょうか。『夫婦を超える』はこの作品の重要なテーマですが、その先に込められた『二人を超え、一人を超える』まで歌詞に落とし込んだのは、星野源ぱねぇって感じですよね。

二人分の人生を生きる

前にもちょっと書いてみたけれど、ハガレンのウィンリィの『全部あげるわよ』は結婚をする意味や価値について、かなり"真理"をついた言葉だったような気がする。

 そういえば鋼の錬金術師は、もうひとつ重要なシーンがありました。最後に、エドワードがアルフォンスを錬成するシーン。

代価ならここにあるだろ でっけぇのがよ

真理の扉は全ての人間の内に在る
それは全ての人間に錬金術を使う力があるということだ
・・・・・ 錬金術の使えないただの人間に成り下がるか?

成り下がるも何も最初っからただの人間だよ
合成獣にされた女の子ひとり助けられない小さい人間だ
真理とかいうものを見ちまってから
それに頼って過信して失敗しての繰返し・・・
・・・・・踊らされたよなぁ

・・・・・ もうこれがなくても大丈夫か?

錬金術がなくてもみんながいるさ

正解だ錬金術師
お前は真理(オレ)に勝った
持って行け全てを

f:id:lacucaracha:20170107214057p:plain

鋼の錬金術師 27巻より

世界のルールは等価交換。何かを得るためには、何かを差し出さなければならない。でも、心から支え合うことのできる仲間がいれば、世界のルールは乗り越えられる。

星野源の歌った『一人を超える』もそんな話じゃないのかなと思うんですね。

そして一人を超えた後に手に入るのは『二人分の人生』じゃないのかなあ。まだまだ一人を超えられたか?と言われれば微妙なラインかもしれないけど、妻と二人ならばできるかな?なんておもう今日このごろです。

 

らくからちゃ