ゆとりずむ

東京で働く意識低い系ITコンサル(見習)。金融、時事、節約、会計等々のネタを呟きます。

幻の名作『ZNTV東京支局』

最近、会社で漫画の回し読みが流行っている。とはいっても参加者はそれほど多くなく、

  • 定時ダッシュでテレビドラマを見るのが趣味の我が弟子
  • 小学生のお子さんの腕白に困っているママさんPG
  • 子会社からやってきた筋トレの話が止まらないキムタク(に似ている説がある)
  • 晴海時代からコミケ常連の事務の姐さん

に私を加えた5名程度の執務室端っこ組の世界での話しだ。

キャラも違えば担当している業務も全く違う5人だけれど、休み時間やふと手が止まった時に、取り留めのない会話で盛り上がるメンバーだ。(ちなみに昨日は、キムタク氏お勧めの『ちくわ』は健康に良いのか?で盛り上がった)。

だいたい、作品を放流するのは姐さんが多く、わたしはいつも借りてばかりである。なんだか申し訳ないので、わたしからも何か放流してみたいと思うものの、中々これが難しい。

メジャーな作品を持ってきても、もうみんな読んでいるかもしれないし、かといってあまりにマイナーな物を持ってきて、ドン引きされるのも悲しい。だいたい、紹介が出来るほど漫画を読む方でもない。多かった時で、月に10冊程度、ここ最近は、2~3冊くらいしか読んでいない気がする。

111冊近く紹介したりできるわけでもないし、なんだかマニアックそうな作品を紹介したりできるわけでもない(あ、テラモリ面白かったっす!)。とはいえ我が家の本棚を眺めてみると、ざっと400~500冊くらいはあるような気はする。わたしが好きなのは、歴史ものなどのいわゆる青年漫画。こんな感じのシリーズだ。

基本的にわたしは、漫画は雑誌ではなくコミックスで楽しむ、いわゆる『コミックス派』だ。ただ例外的に、『アフタヌーン』については購読している。

アフタヌーンと四季賞

 同誌では、わたしの好きな『ヒストリエ』や『ヴィンランド・サガ』、『天の血脈』などの歴史漫画が連載されている。これらの作品は、コミックスも買っているが、新刊が出るまでの期間がかなり長く、待ちきれないというか、作者さん死んでないよね・・・?という確認も兼ねて購読しているような気がする。

まあそれだけじゃない。同誌では、他誌では中々読まれない、一味変わった作品が沢山読める。ここ最近、話題になった作品としてはこんなところだろうか。

フラジャイル 病理医岸京一郎の所見(1) (アフタヌーンコミックス)

フラジャイル 病理医岸京一郎の所見(1) (アフタヌーンコミックス)

 
マージナル・オペレーション(1) (アフタヌーンコミックス)

マージナル・オペレーション(1) (アフタヌーンコミックス)

 

『ぶっちゃけ、これどこに需要あんの?』と言いたくなるような作品も多いが、場合によっては1000ページ近くもあるので、半分くらい読まなかったとしても、費用対効果は高い。(Kindleで買えば、重たくもないしね!)

そしてもうひとつの理由が『四季賞』だ。

『四季賞』は、その名の通り、同誌上で四半期ごとに行っている新人漫画賞だ。漫画の新人賞には、多種多様なものがあるが、同賞は『ジャンル不問』『ページ数制限無し』『必ず大賞を出す』を掲げ、かなり独創的な作品が投稿される。

最大の特徴は、受賞作が本誌に掲載されることだ。かつては、『四季賞ポータブル』という小冊子に受賞作がまとめられ、購入時におまけとしてついてきた。これらの作品は、まさに本誌を購読しないと読むことが出来ない作品群だ。

『必ず大賞を出す』というポリシーからか、『なんじゃこりゃ』というものも少なくないのだが、中には何年経っても忘れることの出来ない作品がある。

それが今回ご紹介する『ZNTV東京支局』だ。

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 ZNTV東京支局 

舞台は2018年東京。ZNTV(全日本テレビ)の記者芹沢が、東京支局に左遷させられるところから始まる。

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 ―東京が壊れたのは18年前 2019年・夏

全長わずか62メートルの隕石の爆発で世界有数のメトロポリス 日本の中心地東京は終わった

街は3ヶ月にわたってひたすら燃え続け

沿岸部は施設ごと水没

人類災害史上最悪の死者行方不明者260万人以上―

2年後 臨時政府は大阪に遷都

東京23区の大部分 及び 神奈川県の一部は再建不能とされ 無人化した上で封鎖されることとなった

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―けれど

死に場所を決めたように一部の住民が頑なに移住を拒み無人化は進まず

一方で23区を囲むようにアツいコンクリートの壁が建設され街の封鎖が強行された

私が知っている東京の歴史はここまで

―封鎖後の話を耳にしたことはない

 主人公の芹沢が飛ばされた先は、現在この世界に生きている我々の思い浮かべる大都会東京ではない。廃墟となった高層ビルが、いつ崩れ落ちてきてもおかしくない世界だ。到着早々、芹沢はひとつの事件を取材することになる。少女がレイプされたあと放置され、そのまま凍死する、という事件だ。

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芹沢が現場に向かうと、そこには酒を片手に現れた警察官と怒れる少年少女たちが居た。子どもたちいわく、犯人は以前警察につきだした者に間違いない。捕まったはずの犯人が、何故もう一度同じ手口で犯行を犯すんだ。お前らが逃がしたんだろう。そう食って掛かる。

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なんとかその場を収めたものの、芹沢はあることに気がつく。これだけのことが日常的に起こっているにもかかわらず、外の世界では何ら報道されることはない。どんなことが起ころうとも、『東京』の出来事を全てのメディアは隠し続けてきた。

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その理由について、支局長代理の折木はこう語った。

当時のお偉方はこう考えたんだろう

『東京のニュースは社会を暗くする』
『どうせ封鎖後は空き地になる』
―『だから伝えなくても問題など無い』

マスコミはただ黙っていただけでウソはついていない
それでも社会を誘導するには十分だった

外の人間たちは東京を忘れていったよ
封鎖強行のニュースの後 東京を巡る情報がピタリとなくなれば
自然に自発的に『東京は無人の荒野になった』と思い込んでいく

けれど現実には この街から人は消えなかった
都市の残がいにすがって人々は生き延び
むしろ歪な膨張をはじめた

マスコミの目算は狂ったが今さら東京の話題を取り上げるわけにはいかない
国は東京を無視し続けそれに便乗し今に至る
だから未だにありとあらゆるメディアでこの街の話はタブーなんだ

 それに対し芹沢は『そんなことが許せれていいわけがない。この街の人たちは幽霊じゃない!』と反駁する。

しかし、この街100万人の住民自身が陽の光に晒されることを拒否している。この街の住民のうち、40万人は既に社会と切り離されて生きる覚悟ができている元からの住民。何らかの事情を抱えて外からやってきたものが50万人。ヤクザやマフィアから出向して来たもの。いずれも『誰にも報道されないこの世界』に不満はなく、報道されることによってむしろ不利益すらある。

ただ残りの5万人。この街で生まれた子どもたちだけは、誰にも届かない声をあげることすら出来ない。

そんな話をしながら、芹沢は後輩の久世とともに、取材のため委託警察へと向かう。その場で彼らが見たのは、子どもたちの襲撃を受けたあとの荒れ果てたものだった。

彼らの治療をしながら、医師は言う。

レイプ魔の最初の被害者もあの子らの身内でな

診察した時付き添った子たちは犯人を絶対に殺すと叫んでたよ

 

まぁ私刑なんてこの街では大人もしょっちゅうやっとるよ

しかしあの子らは見つけ出した犯人を殺さずお前ら委託警に託した

なぜだと思う?

 

真っ当であろうとしたからじゃあ無いのか?

不条理におかしくなりそうになっても人間としての筋を通そうとしたんじゃないのか?

 

その誠実さをお前らは最悪の形で裏切ったんだよ 

 話を聞いている中、芹沢に子どもたちから電話がかかってくる。危険は承知の上で、ひとり彼らのもとに向かうが、まんまと捕まってしまう。

子どもたちは、途中で捕まえたレイプ犯と共に、芹沢を人質としてテレビ局に飲み込む。要求は『電波ジャック』。レイプ犯の公開処刑を行うために、電波を貸せという。その権限は、東京支局には無い。本社と掛け合うも、反応は芳しくない。

支局長代理の折木は賭けに出る。『自分を殺せばいい』。ZNTV東京支局は、長年の悲願であった東京の現状を伝えることのために、子どもたちと共犯者となった。

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その想いに、氏原報道局長は決断する。視聴者の多い地上波は貸せないが、視聴者20万人程度のBSであれば、と。

番組は、ZNTV東京支局が撮りためてきた映像を元に進む。当初、放送される予定だった番組は、ただの通販番組。視聴者の多くは、単純にチャンネルを回していて、ふと目に止まっただけの人が大半だった。もちろん、その他大勢と同様に、東京には何の関心もない。

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これで何かが変わるのだろうか。社会を動かすことは出来るのだろうか。その問いに対し、折木はこう答える。『んなこたぁ無理だよ』

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そしてこう続ける。

視聴者の中には自分の常識から大きく外れた現実を受け入れられない人間も居る
つらい過去を思い出して直視出来ない人間も居るだろう

でも この現実を受け止めて何か感じ考えてくれる人たちもかならずいる

この街の中でもいろんな反応が起きているはずだ
子どもたちの軽率に驚きなじるかもしれない
でも 自分たちの歪に気づくかもしれない
諦観を恥じるかもしれない

この放送で社会は動かせなくても人の感情は動かせる
その意味と価値を信じろ

放送は、子どもたちへのインタビューとなる。彼らは語る。

芹沢さん?
あなたこう考えてない?
"ミチを殺されたショックとこの男への憎しみで私達は暴走している"
それはまぁそうなんだけど
でも私たちが憎んでいるのはこの男だけじゃないわ

私たちの仲間が死ぬのはミチで7人目なのよ

(中略)

一昨年の秋の台風で二人が流されていった

仲間二人が死んだその台風の翌日たまたまニュースを見たの

「昨日はものすごい雨と風でしたね」
「全国で床上浸水が何件で怪我人が何人で何世帯が避難してます」
「でも死者が出なかったのは不幸中の幸いでした」

ニュースキャスターはそう行ったわ

ねぇ
あの子たちは人じゃないの?
私たちは人じゃないの?
1億分の1にも数えてもらえないその気持ちが分かる!?

そして、インタビューの対象は、彼らが殺そうとしているレイプ犯へと変わる。そのあまりに非人間的な受け答えに怒りを留めることができなくなった芹沢は、レイプ犯の◯◯を◯◯し、制裁を加える。

そしてこう続ける。

ごめん

あんまりにも腹が立ったから私がやっちゃった

でもこれでカンベンしてやってくれないかな?
殺さないでいてやってくれないかな?

私はあなたたちは人間らしいと思う
きっとこの街で一番人間らしいと思う

そんなあなたたちが・・・・・
自分から人間辞めたみたいなこんなクズのために人殺しになるなんて
私は絶対納得ができない・・・!

この言葉を聞き、子どもたちは犯人に向けた銃口を下ろした。
そして、自分たちに向けた。

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何かを伝えるということ

さーて、なんだか本作のほぼ9割近くをご紹介してしまった気もしますが、ここら辺で辞めておきましょう。多分、わたしの拙い説明を読んで貰ったところで、本作の魅力の1億分の1も、1兆分の1も伝えきれたつもりはございません。(あと、真面目っぽい文章むいてへんね)。

というわけで、続きは是非こちらのコミックで!!

 

 

 

と、この上あたりにAmazonのリンクをアフィ付きで貼っておきたいところなのですが、本作についてはそれが出来ないんですよね。

まずは本作、扱いとしてはただの『新人漫画賞の受賞作』でしか無いので、特にコミックス化されたものは有りません。中古でアフタヌーンの2011年10月号を買ってもらうしかないわけなんですけど、もうひとつの不幸が、本作が『付録の四季賞ポータブル』に掲載されているってとこなんですわ。

ね、見てもらっても分かる通り、みーんな『付属欠品』なんですよね。

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むむっ!この状況、なんかさっき読んだ気がする。と思ったら、まさに作中に出てきた『録画禁止コードを掛けられた放送』に何だか似ていると思いません?

わたしが本作を紹介したいなあと思った理由は、単純に本棚を整理していて発見して、『あー、結構面白かったな〜』と思い出したってのもあるんですけど、『情報を伝えることをテーマにしながらも、きっと誰かが紹介しないと、ずーっと埋もれたままになっちゃうんだろうな』と思ったのが最大の理由です。

にしてもとんでもない作品です。

画力に関しては、まだまだ成長の余地もあるのでしょうが、ストーリー展開というか構成力が半端ない。179ページと、いくら四季賞でもやり過ぎ感ある分量にもかかわらず、まったく違和感なく最後まで読めてしまうんですね。

なんだかすげえなあと思っていたら、受賞者コメントを見ているとテレビの報道現場で働かれていた方なんですよね。

これだけの作品がかけるのであれば、いつか『過去の短編集』みたいなものでお目にかかることができるのかな、と思ったのですが作者の『井上文月』という名義で作成された作品は2016年5月27日現在出ていません。

新人漫画賞とは漫画家の登竜門となるものです。ふと思ったんですけどね、もしかすると井上文月さんは、最初から漫画家になるつもりはなくて、

  • ページ数無制限
  • ジャンル不問
  • 大賞を取れば雑誌に掲載してもらえる

そんな条件に惹かれて、『なんとか伝えたい』その思いだけで投稿したのかもしれませんね。だとしたら、これだけの力作、ただ眠らせておくのは勿体無いじゃないですか!

作中、折木支局長代理のこんな発言がありましたね。

マスコミと同じくらいに規制力が働いているメジャーサイトは別として

ネットの海の底の方には今だってこの街の情報は沈んでるんだぜ?
浮上しないのは探し求める人間が圧倒的に少ないからだ

ネットでもこの街の情報は沈んだままでだから余計に探そうとする人が減る・・・・・

この放送の視聴者が探すぐらいじゃその悪循環は断ち切れないよ

ーあぁ本当に・・・・・
だからこそマスメディアがまだ必要なのになぁ・・・・・

自分に関係がなかろうが
興味がなかろうが
情報を受け入れさせてしまう力

探そうとしない者にも情報を流し込んでしまう力

まず知ることを―
強制的にでも始めさせてしまう力
それがネットにはないマスメディアの力なのに

この発言は、マスコミ批判でもあり、そして当事者としての反省の言葉なんでしょう。もっとも、この当時と違って、現代は『キュレーションサイト』(それこそホッテントリも含め)がメディア化しているので、この分け方にも違和感はありますけれどね。

ブログはどうなんだ?と言われれば、ある程度の範囲においてですが『探そうとしない者にも情報を流し込んでしまう力』を持っているわけです。今までいろんな記事を書いてみました。ウケ狙いだったり、お小遣い稼ぎっぽいものもありましたが、何か少しでも、読んだ人が感じるところがあればいいなあと思って書いたものが大半です。

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もし、わたしの記事を読んで、何かそこから考えてみたり、行動したりといったことがあれば、まさに物書き冥利に尽きるところです。

本作も凄いなあと思うのは、発表されてから5年も経つのに、未だに定期的にTweetしている人がいるところなんですよね。

いつか、こんな風に言われる記事を書いてみたいもんですなぁ。

ではでは、今日はこの辺で。