ゆとりずむ

東京で働く意識低い系ITコンサル(見習)。金融、時事、節約、会計等々のネタを呟きます。

ブラック企業の無くし方~労務監査義務化について考えてみる~

電通新入社員過労死事件を受け、ここ最近『働き方』に関する議論が活発だ。そんな流れも受けてか、労働基準法の改正も視野に入れた動きも加速しているようだ。

本ブログでも何度か取り上げたのだが、原則として労働者は一日8時間以上、週40時間以上働かせてはいけない。例えトラブルがあろうと、企業は労働者を定時で帰すように経営しなければならない。納期と子供の晩御飯、どちらが大事かは言うまでもないだろう。

残業手当は、契約労働時間を超えた際に必ず支払われなければならないが、残業手当を払ったからといって、自由に労働者を残業させて良いわけではない

もっとも、時間外労働協定、いわゆる『三六協定』を労働者代表と結べば、その制約は一部緩和される。その場合一ヶ月45時間、一年間360時間が上限である。更に『特別条項』を設ければ、残業の上限量は増やすことが出来る。

ただこれらの取り扱いの『上限時間』は法的に明記されたものではなく、それらをきちんと法文上に明記するのが今回の法改正の論点である。ただこの件について、わたしの意見は下記コメントと同じだ。

残業規制へ、17年中に労基法改正案を国会提出の公算=関係筋 | ロイター

40時間を超えたら犯罪という現行の40時間労働制をしっかりと守るのが基本。三六協定なんて例外事項を加えるから、悲惨な違法が跋扈する。

2016/11/07 21:01

b.hatena.ne.jp

そもそも、ネット上の書き込みを見る限り、労働基準法の仕組みがとうの労働者にどれほど伝わっているのからして怪しい。そんな中で、仕組みを複雑にしたところで、機能不全の要素がひとつ増えるだけだ。世間では、労働基準法が適切に運用されるために、労働基準監督署の人員増強を求める声も大きい。

労働基準監督官はどれほど足りていないのか

 我が国において、不正な長時間労働やサービス残業を取り締まる公的機関は、労働基準監督署だ。

労働基準監督署で不正を取り締まる『労働基準監督官』には、司法警察職員として、麻薬取締官や海上保安官に匹敵する強い権限が与えられている。予告なしの立入検査や、必要があれば製品等の収去まで認められている。最近では、労働基準監督官を主人公に据えたドラマも放送されたことから、耳にしたことがある人も多いだろう。

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 ところが『ブラック企業』を取り締まるべきはずの、彼らの職場もまた『ブラック化』しているとの指摘も多い。下記は、各国における労働基準監督官の人数と、雇用者1万人あたりの比率をまとめたものである。

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(出典:労働行政の現状)

単純に比較できるものではないと思うが、諸外国とくらべてもその数は多いとは言えない。それ以上に注視しなければいけないのが、実際の『監督』の実施状況だ。

 

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(平成26年版厚生労働白書より筆者作図。昭和60年以前が5年刻みであることに注意されたし)

臨検とも呼ばれるそうだが、労働基準監督官は実際に工場や事務所までやってきて、出勤簿や給与の支払い記録、事情聴取などを行う。

その際発覚している違反の発生件数は、ここ数年70%近くへと大幅な増加傾向を示している。にもかかわらず、監督実施状況は、全事業所の4%台前後となっており件数全体でみても減少している。

早急に監督官の増員が求められる現状には間違い無いが、この状況下で多少数を増やしたところで、焼け石に水だろう。また強い権限を持った監督官をそう簡単に増やすわけにもいかない。

そこで考えたいのが『労務監査の義務化』だ。

労務監査を義務化しよう

労務監査とは、企業外部のプロフェッショナルによって『各種労働法令に違反していないか?』の調査を行うことだ。

一般に監査とは『法定監査』と『任意監査』に分かれる。例えば上場企業であれば、財務報告に対する監査は法律で義務付けられた法定監査となる。しかし現在のところ、労務監査の実施は法律で定められておらず、その内容についても詳細な手続きが存在するわけではない。

本稿での提案は『全ての上場企業に対して、会計士による会計監査と同様に、社会保険労務士による労務監査を義務付けよう』というものだ。

まず監査は、社会保険や労務のプロフェッショナルである社会保険労務士によって行うものとする。その上で、監査のレベルを、ざっくり以下の3段階に分ける。

  • レベル1・・・最低限、法令違反がないかどうかを監査する。
  • レベル2・・・法令違反を防ぐ仕組みが担保されているかどうかも監査する。
  • レベル3・・・働きやすい職場づくりのための取り組みまで含めて監査する。

その上で

  • 10人以上の事業所で、労働者の募集を行うためにはレベル1が必須
  • 株式を公開して資金調達を行うためにはレベル2が必須
  • 公的な補助金を受け取るためにはレベル3が必須

などとして利用する。更に『レベル2の取得には、取引額の25%以上がレベル1以上取得済であること』『レベル3の取得には、取引額の50%以上がレベル1以上、25%以上がレベル2以上取得済でああること』を義務付け、上場した企業だけで基準通過ではなく、子会社や取引先まで含めて『真っ当な労働環境であること』を取得条件とする。

労務監査義務化の利点

本案の利点について考えたい。

1.費用負担の合理化

監督官を増員した場合、その人件費は、国民が収めた一般財源から拠出されることになる。一方、外部組織に監査を依頼をするならば、依頼を受けた側は、企業規模や管理状況に応じて費用を請求することになる。

その分、より費用負担として公平な形を取ることが出来るし、外部組織側にも競争原理が働けばコストを抑えられる。また対象企業としても、事前に労働環境を適正化して『めんどくさくない会社』になり監査費用の削減を行うインセンティブも働く。

2.監査の厳格化

監督官は皆、熱意を持って仕事をしていると思うが、あくまで公務員であり『見落とし』があったとしても、即生活へ影響することはない。

一方、社会保険労務士にその責務を委ねるのであれば、財務諸表監査を行う場合と同様に、重大な見落としがあった場合、ライセンスが剥奪される。会計士による監査が上手くいっているのかについては議論の余地があると思うが、一般的に言えば、公務員の手によるものより厳格になるだろう。

3.対象企業の拡大

現在、社会保険労務士は、比較的『人あまり』の状況にあるそうだ。労働基準監督署は、彼らの報告そのものと、報告の対象に入らない企業の監督に注力すれば、より少ない負担で対象となる企業を拡大することが出来る。

 

目指せ、ホワイト調達

さて、こんなこと海外でも行われていたりするのかな?と、ざっと検索エンジンに適当なキーワードを打ち込んでみたが、似たような例は見当たらなかった。

制度上、似たような例としては、ISOの中にOHSAS 18001(労働安全衛生)があるけど、こちらは労働災害の発生予防などが基本的な対象であって法的なコンプライアンス状況等を対象とするものではない。他にも、上場企業であれば上場審査の中で、労務管理の状況もチェックするようだけど、恒常的に行われるものとしてはなさそうだ。

企業の国際的競争力向上が求められる中、余計な負担を増やすのはどうかと思うところもあるが、長時間労働が文化となるまで染み付き、労働組合もほとんど機能していないとすれば、何か新しい方法を取るしか無いだろう。

ただこれは、法律による義務化を伴わなくとも、どんどん実施することが出来る案だ。

自ら任意で労働監査を行い、その結果を世に公表して行けば良い。取引先にも(今でもある程度は行われているが)もっと労務管理状況の報告を求めて行けばいい。

グリーン調達、という考え方がある。

国や地方自治体、企業などが、製品の原材料・部品や資材、サービスなどをサプライヤーから調達する際に、環境負荷の小さいものを優先的に選ぶ取り組みのこと。グリーン調達を進めることは、供給側に環境負荷の小さい製品の開発を促すことにつながる。環境マネジメント規格であるISO14001の認証を取得した企業から優先して調達することも、グリーン調達の一環だ。

「グリーン調達」とは - ビジネス - 緑のgoo

 これと同じで『真っ当な労働環境で作られた製品』であることを主張し、使用者に呼びかける『ホワイト調達』という考え方があってもいいのではないだろうか。そのためには、政府の力を借りずとも、まずはガイドラインを作り、自主的な認証規格として初めていくことも可能だろう。

人口減少社会に必要なもの

こういった取り組みは、企業にとっては確実にコスト増になる。しかし、投資家も積極的に、投資先企業に監査の実施を求めて行くべきだ。

これから先、我が国は人口減少社会を迎え、労働人口は益々減少していくだろう。いままで以上に経営リソースとしての労働力が手に入りにくくなっていく。

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(出典:総務省|平成26年版 情報通信白書|我が国の労働力人口における課題)

同じだけの利益を挙げていたとしても、それが真っ当な労働環境で生み出されたかどうかの違いはより大きくなるだろう。近年、長時間労働の問題への関心が高まりつつあるが、『ブラック企業』と見なされることのコストは非常に大きくなった。労働者から嫌われるビジネスモデルは、これから維持することは困難だ。

わたしはかつてから、何度かこの件について、会計士による監査の中で対応すべきだと主張してきた。

 しかし会計士は労務の専門家ではなく、見落としもあるかもしれない。ならば公的な労務の専門資格があるので、彼らにしっかりと監査して貰い問題点を明らかにして貰えるのであれば、投資家としても有り難いのでは無いだろうか。

わたしも、余り深く考えずに投資した企業の中に、労働問題によって大きく株価を下げた会社があった。そのことは、金額以上に悔しい思い出として記憶に残っている。誰だって、自分の投資した金で不幸になるひとが出るのを望まないだろう。

もっとも、世の素晴らしい仕事の多くが、過酷な労働環境で行われていることも理解している。中には『自由に長時間労働が出来る環境』を求める労働者もいるだろう。下記の記事が話題になったが、その趣旨には賛同出来る点もある。

全ての残業をゼロにせよ、とまで主張するつもりはない。ただ広く市場から資金を調達したいのであれば、どんな労働環境なのかは明らかにした上であって欲しい。公的資金が大きく投下されている昨今、同じだけの利益を生み出せているのであれば、資金はより効率的な労働が行われている企業へ投下されるべきではないのだろうか。

労働者もどうしても長時間労働が必要であると思うのであれば、『株式市場・労働市場の評価が下がっても、やるだけの価値があります』ということを主張し、それだけの価値のない仕事から切っていけば良い。

最後に

最後まで色々と考えながら、ダラダラと書いてみた。きっと、もっと効果的な案もあるだろう。ただひとつ確認しておきたいのは、現在のような働き方・働かせ方をしていては、個別の企業においても、日本社会全体としても、立ち行かない時代になっていくのではないだろうか。

人口が減っていく中で、少なくとも『カードとして』外国人労働者の力を借りる選択肢は残しておきたい。しかしいまのようなことを続けていれば、労働ビザの無条件発給を行ったとしても、来てくれる人は居なくなるのではないだろうか。

そのことも踏まえ、自分の身の回りからでも、より効率的な働き方をするように心がけて行きたいと思う、今日このごろでございます。

ではでは、今日はこのへんで。