こんにちは、らくからちゃです。
先日、普段よく利用しているマネーフォワードをチェックしていると、こんな記事がレコメンドされました。
『欧米と比べると、日本人の家計は預貯金の比率が高く、リスクを取って投資をする傾向が弱い。これは日本人にはリスクを避ける保守的な国民性があるためであり、より資本収益性の高いリスク資産への移転を促すためにはマインドの変革から必要』とかなんとかいう話はたまに聞きます。なんつーか、宗教勧誘なのかな?といつも思ってますけど。
確かに、日本の金融資産の運用先に占める預貯金の割合が高いのは事実でしょうし、よく引用される下記の表もおそらく『ウソ』ではないのでしょう。
(出典:日本人はなぜ投資が苦手? リスクより怖いのは孤立 – MONEY PLUS)
ただこの差が生じる原因に『日本人の国民性』なんて曖昧模糊としたものを持ち出されると、おいおいちょっと待てよ、と言いたくなるんですよね。
日本人は何故リスク資産を保有しないのか
でまあ、この『日本人は何故リスク資産を保有しないのか?』という命題について、日銀が真面目に考えてみたレポートがありますので、ざっと読んでいってみましょう。(本文中、特に明記がない場合、図表等は下記レポートからの出典です)
まず日銀が認識している『日米のリスク資産の保有に関する比率の差』は下記のようになります。
これだけみると、な、な、なんと、日本の家計に占めるリスク資産の保有率は米国の1/3程度となります。たーだーし、です。分解して考えていくと、いろんな理由が見えてくるんですね。
1.『家計』の範囲の違い
これは純粋に統計技術上の問題ですが、日米の資金循環統計では『家計』として認識する範囲が異なります。
日本の数値には、普通にイメージする『家計』に加え、パン屋さんや町工場といった個人事業が含めてカウントされます。一方米国の数値には、大学や教会、労働組合といった『企業』でも『政府』でもない"対家計民間非営利団体"も含めてカウントされます。
その結果を調整すると、日米の差は、3倍から2倍にまで縮小するそうです。
2.資産格差の違い
でもそれはあくまで統計技術上の差であって、本質的な違いではありません。もっと社会構造の違いとして大きいのが、資産格差の度合いですね。米国では、上位10%のひとが、社会全体の8割近くの資産を独占しているといった調査結果があります。
(出典:日本の格差に関する現状)
日本はどれくらいなの??と思って調べてみたら、こんな調査結果が出てきました。
(出典:NRI富裕層アンケート調査 )
軸が同じじゃないので比較しづらいんですけど、だいたい
- 5000万円以上:436.6万世帯(8.3%) 517兆円(36.9%)
となるそうです。普通、資金に余裕のあるひとほど、株式や投資信託といったリスクのある資産へ投資を行います。そりゃ、資産が10万円のひとに『投資しないの?』と言うのは無茶があるでしょう。
アメリカには、保有資産10億ドルを超える『ビリオネア』は563人いる一方、日本は33人だそうです。(((参考:2017年、Forbes(フォーブス)世界の長者番付ランキング トップ30)))
まー、自社株なんかが多いんでしょうけども、彼らの資産の大半はリスク資産でしょうね。少なくとも銀行預金ではないはず。
3.不動産市場の違い
あと不動産市場の構造の違いも、大きなインパクトを与えている可能性があると報告されています。
住宅ローンを抱え、定期的に決まったキャッシュアウトのある世帯では、将来の支払いに備えて、リスクの少ない現預金を多めに保有しようとする傾向にあります。
賃貸であれば、例えば給料が大幅に下がるような状況になったとき、引っ越しをして収入に合わせた支出に調整することができます。持ち家でローンがあっても、自由に売買が出来るようであれば良いんでしょうけど、我が国では中古住宅市場が貧弱でそれもできない。
本件については、間接的な関連性までしか指摘できないでしょうけど、かなり影響度の高いファクターには違いないでしょうね。
4.確定拠出年金制度の違い
あと最後に、確定拠出年金制度の違いもインパクトの大きな違いとして挙げられます。下のグラフは、米国でのリスク性資産の保有量の推移です。
1980年台以後、大幅に増加しているのが見て取れます。ここで何があったのかといえば、いわゆる401k制度の開始です。
401k制度は、我が国においては、iDeCoの愛称で知られる個人型確定拠出年金制度です。iDeCoは、米国から遅れること約20年後の2001年に開始されましたが、その趣旨や制度設計は米国のものと大きく異なります。
そもそも米国における401k制度は、公的年金制度(アメリカにもあるんですね)の不足分を、個人による資産形成で補うことを目的として成立しました。そうした経緯から、投資額は個人が自由に決定した額に企業によるおまけをつけ、給与から天引する仕組みとして開始されました。
一方、日本における401k制度は、退職金課税制度の歪みを是正することを目的としてスタートしたため、当初は企業による拠出しか認められておりませんでした。そうした制度設計を引きずっているためか、個人による拠出ができるようになった現在でも、会社側が制度についての理解が薄かったり、協力的でなかったりするため、iDeCo不備軍なる難民が発生するなど、使い勝手が良いとは言えない状況です。
その結果として、制度発足から10年後の資産残高を比べると、我が国では5.5兆円にしかならなかった残高が、米国では120兆円(単純換算するために1ドル100円計算)と、20倍近い差が生じています。
こうした制度面についても、同程度の環境があった場合、日米の格差はもう少し小さくなったのでは?と思わざるをえない状況です。
決して日本人の金融リテラシーが低いわけではない
以上を踏まえますと、『日本人が投資に積極的ではないのは国民性』というのは、ちょっとどうなんっすかねえと首を傾げてしまうんですよね。
金融知識に関する問題の正答率を見ても、我が国のそれはそれほど低くはない。
ただ諸外国との比較を見ておりますと、圧倒的に差があるのが、運用リターンの違いなんですね。
(出典:諸外国における家計の安定的な資産形成の促進に向けた政策的取組みに関する調査研究報告書)
金融資産の増加額を見ていると、米国・カナダ・イギリスでは、運用リターンが順調に増えている一方、我が国はそれがない。ドイツやフランスもあまり好調ではないですが、資産の積み増しは増えているので、全体の金額は増えている。
で、もうひとつ面白いデータがありました。
(出典:諸外国における家計の安定的な資産形成の促進に向けた政策的取組みに関する調査研究報告書)
各国ともに、家計の雇用者報酬が増えている一方で、日本だけが下がっているんですよね。そりゃ、株価も上がらなきゃ所得も増えない環境の中で、リスク性資産が増えるわきゃないじゃないですか。
まずは冷静に分析しよう
そもそもですね。『国民性』なんてふわっとしたものは、熟議を尽くした上で、それでもなおわからなかった時に『もはや国民性としか思えない』といった時に使うべき言葉なんですよ。
どんな議論でも、『国民性』なんて単語を多用するひとの意見は、眉にたっぷりツバを塗って聞いたほうが良いかと思います。
もしより多くのひとに投資をさせたいのであれば、まず必要なのは、投資ができるだけの余力を、多くの人が持てる社会を目指すべきです。以前も書きましたが、低所得者層の可処分所得は15年前では19万5,000円程度ありました。それが現在では、16万6,000円程度まで継続して下落しております
www.yutorism.jp
あと『貯蓄から投資へ』という政策目標の妥当性自体も、しっかり考えるべきじゃないのかなあと思わんでもないんですよね。
もし、単純に家計全体の投資額を増やしたいのであれば、多額の現預金を抱えている富裕層だけをターゲットに絞ってアクションしたほうが、短期間で成果があげられます。貧乏人100人にNISAをおすすめするよりも、億万長者が生まれやすい社会制度にしたほうが良いでしょう。
でも、我々が望んでいるのは、そこなんでしょうか?
他にやりたいことも沢山ある一般庶民に、『しっかり将来に備えないといかんゾ!』と煽って、貧乏人にインデックスを買わせ、消費行動を抑制させるのは正しいんでしょうか。むしろ個人的に大事じゃないのかなと思うのは将来への不安を減らし『貯蓄から消費へ』シフトすることだと思うのですが、その辺、偉い人がどう考えているのかは気になりますね。
いずれにせよ、家計のリスク資産保有率なんつーもんは、あんまりKPIとして適切ではないと思います。まずはそこに至るプロセスを分解した上で、みんなが納得できる方法を一個一個検証していかないかんのとちゃうの?と思う今日このごろです。
ではでは、今日はこのへんで。