ゆとりずむ

東京で働く意識低い系ITコンサル(見習)。金融、時事、節約、会計等々のネタを呟きます。

シャープの抱えていた偶発債務とは何か簡単にまとめてみる

こんにちは、らくからちゃです。

何やらまたシャープが面白いことになっていますね。

米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は25日、関係筋の話として、鴻海(ホンハイ)精密工業が、買収する予定のシャープから、総額約3500億円の「偶発債務(訴訟や会計変更などで将来返済義務の発生する恐れがある債務)」のリストを24日に受け取ったと報じた。

 うっひょー!3500億円もの隠れ借金があったのか!天下の鴻海を欺こうとは、さすがシャープ、目の付け所が違いすぎる!そこにシビれる!あこがれるゥ!

と、いう風に思った方も多いのかなあなんて思ったのですが、個人的には「偶発債務」なんていうマニアックな会計用語がニュースに出てきたところに興奮してしまいました。こんな言葉、会計屋でもなければ中々使うことがないですし、こんなタイミングでも無ければ話す機会もないかと思いますので、ちょこっと書いてみたいと思います。

負債いろいろ

 さーて、そもそも『偶発債務』ってなんなんでしょうか。先ほどの記事の中に、こんな解説があります。

訴訟や会計変更などで将来返済義務の発生する恐れがある債務

 えーっと、わかりました?これで、ガッテンできれば元から知っているか、とりあえずガッテンガッテンしたいだけの人だと思います(笑)。

『債務』っていうと、一般用語としては『借金』と同義語になると思います。会計の世界においてはどういう位置づけなのか、まずはシャープの連結貸借表を見ながら確認してみましょう。

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流動負債・・・1,686,954

  • 支払手形及び買掛金 334,545
  • 電子記録債務 89,338
  • 短期借入金 840,026 
  • 賞与引当金 15,230
  • 製品保証引当金 17,483
  • 買付契約評価引当金 54,655
  • その他の引当金 18,094
  • その他 317,583

固定負債 ・・・ 230,440

  • 社債 60,000
  • 長期買入金 53,470
  • 引当金 610
  • 退職給付に係る負債 85,277
  • その他 31,083

固定負債の量に対し、流動負債が多すぎるのが気になりますが、そこは本題では無いのでおいておきましょう。さて、大雑把に眺めて頂きますと、社債や借入金などの、如何にも『借金』というようなものと、『引当金』とついているものに別れますね。

会計学の世界では、負債と言えば、大雑把に分けると『金銭債務』と『引当金』に分類されます。これまたざっくり言うとこんな感じ。

  1. 金銭債務・・・お金を払わなければいけない義務
  2. 引当金 ・・・将来の資産の減少に備えて、事前に計上した費用

金銭債務は分かりやすいですよね。そのうち現金を支払わければならない義務です。住宅ローンやクレジットカードの支払残高と同じです。一方、引当金というのはちょっと難しい話になるので、例を使って説明しましょう。

引当金って何よ

そういえば最近、LEDが宣伝されているよりも寿命がずっと短いのでは?という記事が話題になっていました。ちゃんとした数値が公表されていなかったとすると、なかなか遺憾なことではありますが、工業製品といえど、売った商品が思ったとおりに動いてくれないということは往々にしてあります。

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第一年度では、売上100万円に対し、原価は50万円。利益率は50%となりました。しかし翌年は販売が奮わなかった上、販売した製品の修理の費用も発生し、売上40万円に対して利益は10万円となってしまいました。利益率は、25%と半減してしまいました。

ただこの製品、概ね10%の確率で不良が発生し、修理には製造コストとほぼ同額は発生することが判明しています。このままだと、製品がよく売れた翌年は、利益が減少する、ということになってしまいますよね。

このままだと『やったー、すっげー儲かったぞ!お給料あげよっ!』とかなったりして、本来の経営の状況と財務の報告が乖離しちゃいますよね。この修理の費用は、本来は前の期間に売ったことによって発生した費用で、前の期間で計上すべきものではないでしょうか?

概ね10%のコストが係ることが分かっているのであれば、事前にその分を費用として計算しておけば、「本来その期間得られた利益」がわかりますよね。例えばこんな感じ。

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どうでしょう。これで、本来その期間で発生する利益がわかり、経営の状況を正しく報告することができます。こうして、事前に認識された費用を計上しておく科目が、いわゆる「引当金」になります。会計の仕訳としてはこんな感じかな。

Dr.製品保証引当金繰入 10万円 / Cr.製品保証引当金 10万円

こういった、将来発生する費用を、事前に正しく計上しておくことは、『期間収益対応の原則』という会計の基本的なルールに基づく考え方です。

引当金設定の条件

ただ、何でもかんでも『リスクが有る』といって引当金の計上を許してしまうと、『とりあえずめいいっぱい引当金を積んでおいて、利益を圧縮してから、やっぱり大したことなかったね!といって取り崩せば、めっちゃ儲かったように見せられるね(ΦωΦ)』なんて考える人も出てきちゃいますよね。

そこで会計学の世界では、引当金の設定に一定の条件を設けています。

将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失として引当金に繰入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負債の部又は資産の部に記載するものとする。

製品保証引当金、売上割戻引当金、返品調整引当金、賞与引当金、工事補償引当金、退職給与引当金、修繕引当金、特別修繕引当金、債務保証損失引当金、損害補償損失引当金、貸倒引当金等がこれに該当する。
発生の可能性の低い偶発事象に係る費用又は損失については、引当金を計上することはできない。

企業会計原則 注解 18

うーむ。よくわからん(笑)。もう少し分かりやすい説明として、わたしの中で一家に一冊あると何かと捗ると評判の広瀬先生の『財務会計』から引用してみましょう。

  1. 将来の費用または損失(収益の控除を含む、以下同じ)が特定(費用・収益の特定性)しており、その発生原因が当期以前の事象にあること(発生原因の当期以前性)
  2. 費用または損失につき、その発生の可能性が高い事(発生の確実性)
  3. 設定金額の見積を合理的に行いうること(見積計算の合理性)

 うん。まだちょっと硬いので噛み砕くと、

  1. お金が係る可能性があることもう既に起こってしまっていて
  2. かなり高確率で発生して
  3. その金額がどの程度か予想できる

という場合にのみ計上が許されます。

財務会計(第13版)

財務会計(第13版)

 

偶発債務とは何か

じゃあここで、例に挙げられていた『訴訟』について考えてみましょう。

残念ながら製品に欠陥が多いため、無償修理だけでは我慢できなくなった顧客が、訴訟を起こしてきました。ここで発生する可能性としてはこんな感じ。

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ある程度故障すんのは仕方ねーんだよ!いったじゃねーか!といって負担が全く発生しないケース。あるいは修理だけでなく、不良があったらお詫びしますというケース。或いは、もう全部作りなおせよ・・・お前・・・。ってなるケース。

いずれにせよ、まだお金を払うことが確定したわけではないので金銭債務でもない。かつ、それぞれで発生する金額が異なる上に、どれぐらいの金額になるのかも分からない。こういったケースを『偶発債務』といいます。

偶発債務については、適当に予想して帳簿に乗っけてしまうと、不正会計の源泉になってしまうので、帳簿には載せません。ただし、『そういったリスクが有る』ということは適切にステークホルダーに伝えなければならないので、諸表本体ではなく『注記』に記載することが義務付けられています。

受取手形の割引高又は裏書譲渡高、保証債務等の偶発債務、債務の担保に供している資産、発行済株式1株当たり当期純利益及び同1株当たり純資産額等企業の財務内容を判断するために重要な事項は、貸借対照表に注記しなければならない。

企業会計原則 第三・1・C

 今回のシャープの事例

さーて、では今回のシャープの事例はどうだったのでしょうか?以下の様なコメントが経営陣から出ました。

 その上で、3000億円規模と報じられている偶発債務については、「会計基準に基づき、有価証券報告書、四半期報告書等で適切に開示しており、その他に開示が必要と認識しているものない」と説明した。

 ちゃんと、注記に載せてるじゃねーか!という話のようですね。で、実際に注記を見てみると、こりゃまたずらずらーっと項目が出てくる。ざっと並べていくとこんな感じ

  1. 債務保証・・・125億円
  2. ソーラーパネルの買付予約の残高・・・283億円
  3. 電気料金の長期契約 ・・・ 見積不能
  4. 欧州での訴訟 ・・・ 見積不能

1の債務保証は、主に社員がローンを組むときに連帯保証人になっているもの。2や3は、事前に金額を固定しちゃっている以上、いざ使わないとなればその分が損失になりまっせ、という話ですね。

こういった偶発債務が難しいのって、金額が評価しづらいのもそうなのですが、経営陣自身もその存在に気がついていないようなものもあるんですよね。金銭債務であれば契約書があるし、引当金はある程度繰り返し使う以上なんとなくは認識できるんだけど、突発的に起こるリスクを予想するのは難しい(勿論それが経営者のしごとなんだけど)。

ほんで、今日出てきたお話がこちら。

鴻海は25日夜、シャープが24日朝に送付した「新たな重大情報」について精査する必要があるため、状況が十分に把握できるまで買収の正式契約を延期すると発表した。シャープは25日、臨時取締役会を開き、郭台銘(テリー・ゴウ)会長が経営する鴻海の買収を受け入れることを決定したと明らかにしていた。

鴻海の声明によれば、正式契約の延期については臨時取締役会前の24日夜にシャープに通知していた。いつまで延期するかなどの詳細には言及していない。シャープの広報担当、植村豊土氏はコメントしなかった。

事情に詳しい関係者によれば、新たな重大情報には構造改革や人員整理など一定の状況でシャープが支払わなくてはならない偶発債務が含まれる。全ての偶発債務が発生した場合、3000億円を超える可能性もあるが、逆にもっと低い水準となることもあるという。鴻海と対抗して買収を目指していた政府系ファンドの産業革新機構は偶発債務の額を計算していたが、鴻海は今週になって全容を知ったという。米紙ウォールストリート・ジャーナルは25日夜、鴻海は約3500億円相当の偶発債務の一覧を24日にシャープから受け取ったと、事情に詳しい関係者を引用して報じた。

さっきの一覧に無かった内容なのかな?

でも会社を買う以上、どの程度リスクがあるのかは、きっちりと評価する。こういった作業を『デューデリジェンス』って言うんだけれど、特にこういうヤバイ香りのする会社を買う以上、ちゃんとしっかり確認した上でオークションに参加してるんだよね?というような話がこちら。

勿論、新しく出てきた情報が『意図的に隠していた』のであれば、それは非難されて然るべきだけど、こういったものに手を出す以上は、『叩けばぼろが出る』前提で進めていくのが鉄則のはずなんだよね。

今の状態では、中身がわからない以上、どちらかが正しいのは分からないけれども、これで経営の再建が長引けば困る人は多い。こんなことでウダウダせずに、さっさと話を進めていって欲しいよねえと思う今日このごろでございます。

ま、難しいんだろうけどさ。

海外企業買収 失敗の本質: 戦略的アプローチ

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 ではでは、今日はこの辺で。