ゆとりずむ

東京で働く意識低い系ITコンサル(見習)。金融、時事、節約、会計等々のネタを呟きます。

『こども保険』は社会の溝を深めるだけの気がするんだよなあ

こんにちは、らくからちゃです。

GWに入りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。いまいち何のお休みなのかわからなくなることもありますが、

  • 4月29日・・・昭和の日(旧みどりの日、昭和天皇誕生日)
  • 5月3日・・・憲法記念日
  • 5月4日・・・国民の休日
  • 5月5日・・・こどもの日

でございます。この中で比較的"由緒"はあるのは、端午の節句にちなむ『こどもの日』でしょうか。さて子供と言えば、ここ最近、小泉進次郎氏などを中心とした自民党の若手グループから『こども保険』なる提案が出され、世間を騒がせております。

これからお世話になる可能性もあるのと、本件について下記のコメントが、喉に刺さった骨のように、こころに突き刺さってしまいました...

小泉進次郎氏が「こども保険」を強く推す理由 | 政策 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

ブ米ですら子あり世帯と子なし世帯との分断を感じる。実は老人と若者の分断以上なのかも。子なし世帯の意見が多数派になると老人多数派の効果と同じくますます少子化は止まらなくなるのではないか。

2017/05/01 12:15

b.hatena.ne.jp

色々気になるところや思う所もありましたので、ざーっと調べてみた内容と自分の意見を整理してみたいと思います。

『こども保険』って何やねん

本件、多数の識者がコメントを出していたり、国会では『アホ』と呼ばれたりしておりますが、もっとも正式な『原案』『ソース』につきましては、下記ページに掲載されているものが該当するものと思います。

『提言本文』より該当箇所を抜粋してみましょう。

3.こども保険の創設と世代間公平のための新たなフレームワーク

当小委員会は、「こども保険」の創設を提言する。「こども保険」は、子どもが必要な保育・教育等を受けられないリスクを社会全体で支えるもので、年金・医療・介護に続く社会保険として、「全世代型社会保険」の第一歩になる。

今後は、社会保障給付における世代間公平を実現する観点から、「こども保険」の導入を活かし、社会保険料を横断的に議論する新たなフレームワークを設定し、医療介護の給付改革とこどものための財源確保を同時に進める。この新たなフレームワークは、医療介護の改革をより加速するインセンティブにもなり得る。それは、真の全世代型社会保障へのシフトを明確にする政治のメッセージでもある。

「こども保険」は、当面、保険料率0.2%(事業主0.1%、勤労者0.1%)とする。保険料は、事業者と勤労者から、厚生年金保険料に付加して徴収する。自営業者等の国民年金加入者には月160円の負担を求める。財源規模は約3,400億円となる。

これを、例えば、幼児教育・保育の実質無償化への第一歩として、未就学児の児童手当の拡充に活用する。小学校就学前の児童全員(約600万人)に、現行の児童手当に加え、こども保険給付金として、月5千円(年間で6万円)を上乗せ支給する。バウチャーも考えられる。これにより、就学前の幼児教育・保育の負担を軽減する。

その他の使途例として、「待機児童解消加速化プラン」の実現に必要な保育所の整備等に活用することも考えられる。この場合、子育て支援については、消費税増税により0.7兆円を確保しているため、子育て支援に必要な1兆円の安定財源を確保することができる。

医療介護改革を進めれば、こども保険をさらに拡大できる。こども保険の保険料率1%(事業主0.5%、勤労者0.5%)まで引き上げ、自営業者等の国民年金加入者には月830円の負担を求めれば、財源規模は約1.7兆円となる。

これにより、例えば、未就学児の児童手当を抜本拡充する。小学校就学前の児童全員(約600万人)に、こども保険給付金として、月2.5万円(年間で30万円)を上乗せ支給する。

現在、保育園や幼稚園の平均保育料は1~3万円程度だ。児童手当と合わせると、月2.5万円の上乗せ支給により、就学前の幼児教育・保育を実質的に無償化することが出来る。

仮に、さらなるこども保険の拡大が実現できれば、第一子に対する支援強化など、より踏み込んだ政策も可能となる。

なお、一部には、教育無償化の財源として、教育国債の発行を求める声がある。もちろん、平等な教育機会の確保は非常に重要だが、新たな国債の目的や名称がどうであれ、今以上の国債発行が将来世代への負担の先送りに過ぎないことは明白である。

(出典:こども保険 提言本文)

随分と議論されている割には、ぶっちゃけそれほど纏まってはないんですよね。ポイントを列挙すると、この程度です。

  1. 厚生年金と合わせて0.2%(労働者から0.1%、事業者から0.1%)集める
  2. 国民年金加入者からは160円を集める
  3. 集めたお金を元に小学校就学前の児童全員に月額5,000円を支給する
  4. このケースでの財源規模は3,400億円だが保険料率を1%に上げれば、総額1.7兆円となり幼稚園・保育園を無償化できる

集めたお金は、国が運営する『こども保険』にて管理する構想のようですね。

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おそらく目標とするターゲットは0.5%だと思いますので、0.5%時での国民や企業負担の想定は、こんな感じ。

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負担額の想定は、

  • 月収24万円で1,200円(年間で2万円)
  • 月収50万円で2,500円(年間で4万円)

ってところでしょうか。社会保険料は、額面の給与・賞与の見積額に対して計算されますので,単純に0.5%をかければ計算できそうですね。

これって結局増税ですよね?

色々とツッコミどころはありますが、もう既に各方面から矢のように飛んできた質問については、ある程度先方で質疑応答がされています。

が、やっぱりよく分からない(´・ω・`)

そもそもこれ、社会保険でやるような話なんでしょうか。現在、我が国で行われている社会保険には以下のような物があります。

  1. 年金保険・・・長生きしてしまったときのリスクを分散する
  2. 健康保険・・・怪我や病気でかかるリスクを分散する
  3. 雇用保険・・・失業に対するリスクを分散する
  4. 介護保険・・・介護が必要になるリスクを分散する

それぞれ、何らかの想定外の事態に備えて行なうものが保険です。いつおきるか分からなくとも、統計的にデータを集めれば、そのリスクを分散すること出来ます。また予測の結果、発生する保険金とそれをカバーするために必要な保険料が計算できるので、通常の財政とは別に『保険』という形でわけて管理出来るわけです。

じゃあ子育てに係る費用はどうなの・・・?と考えると、それは多くの人にとって不測の事態では無いわけです。『もしかしたら自分も必要になるかも』と思うからこそ、(不満はあるとは思いますが)保険が成り立つわけで『もう既に子育てを終えた』ひとや『そもそも子育てをするつもりがない』人にとっては、何の役にも立たないわけです。

FAQでは、

子どもが増えれば、人口減少に歯止めがかかり、経済・財政や社会保障の持続可能性が高まる。こども保険の導入により、企業や勤労者を含め、全ての国民にとって恩恵があり、就学前の子どもがいない世帯にとっても、間接的な利益がある。

とありますが、ならばなおのこと 普通に税金で集めるのが筋だと思います。『税方式』にしないことで、以下のような問題点も考えられます。

高齢者・専業主婦の負担が無い

本案では、厚生年金・国民年金と合わせて徴収することを想定としています。となると、現在これらを支払っていない高齢者や専業主婦の負担が無いことになってしまいます。また現時点にて、諸々の事情で年金未納になってしまっている人の扱いもどうするんでしょうね。年金をちゃんと払って貰わないといけないのはその通りなのですが、じゃあバッサリ切り捨ててしまっても良いのかと言われると、それもまた大変なことになりそうです。

逆進課税になる

現行案を見る限り、保険料率は一律固定にする風に記載がされています。年収に比例して保険料が増えていくように見えます。これが社会保険料控除の対象となるのであれば、高額所得者ほど控除効果が大きくなります。よって実質税率は、所得が上がるほど減少する逆進課税になる可能性があります。

さすがにそれくらいは対応するんでしょうけど、自営業者など国民健康保険組については一律徴収になりますので、その分は間違いなく逆進課税になりますよね。

1%あたりの税の負担は消費税よりも重い

あと『給料天引きやと、負担感も少なくてええやろ』みたいな記載もありました。負担感で言うとそうかもしれませんけど、貯蓄に回す分や非課税の消費もあるため、同じ0.5%の増税でも実質的な負担は消費税よりも重たいわけですよ。

まだ所得税を増税したほうが、累進課税もききますので、筋じゃないのかなあと思うんですよね。

救いが必要なのは誰か

今回の『こども保険』という提案は、結局のところ勤労者世帯の中で、非子育て世帯から子育て世帯への所得移転に過ぎないわけです。とすると所得を奪われる形になる非子育て世帯にはそんなに余裕があるのか?と言われればそうとも言えないですよね。

まずは全国消費実態調査の結果から、独身の勤労者世帯の平均可処分所得について、年齢・性別ごとに過去の結果の推移を並べてみました。*1

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20代男性 30代男性 40代男性 20代女性 30代女性 40代女性
1999 225,959 290,277 328,905 194,343 224,125 250,598
2004 231,851 309,125 355,160 195,902 244,508 267,664
2009 221,107 266,903 297,605 210,270 225,240 224,357
2014 230,433 250,985 269,587 183,193 209,370 243,521
20年増加額 4,474 -39,292 -59,318 -11,150 -14,755 -7,077
20年増加率 1.98% -13.54% -18.03% -5.74% -6.58% -2.82%

この20年間を通して、どの区分でもかなり可処分所得は減っているんですよね。ポイントとしては、

  • 40台独身男性の平均可処分所得は18%減少
  • 40台独身女性の平均可処分所得は20代男性と13,000円ほどしか変わらない

などなどがかなり厳しい状況にあります。じゃあ子育て世帯はどうなのかと、ライフステージ別の共働き世帯の状況を見てみるとこんな感じ。

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子供1人
未就学
子供1人
小中学生
子供2人
長子が未就学
子供2人
長子が小中学生
1999 423,552 469,932 416,434 453,980
2004 417,760 444,498 409,154 444,969
2009 411,405 440,843 402,346 423,853
2014 416,801 435,396 424,441 430,214
20年増加額 -6,751 -34,536 8,007 -23,766
20年増加率 -1.59% -7.35% 1.92% -5.24%

だいたい平均年齢は30歳から40歳くらい。どの区分も、厳しいには厳しいけど、下落幅でいうと、独身世帯ほどは大きくないんですね。収入が変わらないから問題ないなんて訳は当然ないわけですし、消費税の増税に伴う生活コストの増加は世帯人員数の多い子育て世帯のほうがより影響も大きいでしょう。

とはいえ、頭の中に置いておきたいのは、子育て世帯だけでなく非子育て世帯も経済的な『救い』が必要なひとが多いこと。そして『子育て支援』のような錦の御旗になるようなものが無いことなんですよね。

子育ては"義務"か"権利"か"道楽"か?

直近の調査で、男性20%・女性10%ほどだった生涯未婚率ですが、人口問題研究所の最新の予想では2035年頃には、男性30%・女性20%くらいにまでは上昇する見込のようです。

http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/14/backdata/images/2-1-1-02.gif

(出典:平成26年版厚生労働白書 〜健康・予防元年〜|厚生労働省)

さらに言えば、結婚しても子供を持たない夫婦も増えるでしょう。『子育てする人を応援する』というのは、掛け声としてはよいのでしょうが、その恩恵に与れないひとが出てくることについては、十分注意して議論を進める必要があります。

自らの意思で子供を持たないことを選ぶ人も入れば、不本意ながら諦めざるを得なかった人も出てくる。彼らの肩に手を回しながら『一緒に応援してやろうぜ!』なんて言ったところで、どれだけその気になるんでしょうか。

政府も、「待機児童解消加速化プラン」をはじめとして、少子化対策や子ども・子育て支援に全力で取り組んでいるが、最大の問題は、社会全体で子育てを支える国の本気度が若者や現役世代に伝わっていないことではないか。

と言われましても、その前に国民全員が同じ方向を向いているのかを考えるべきなんじゃないのかなあ。子供を育てることは義務なのか。そうではなく、国民の権利だとするのであれば、それを得ることができなかった人にはどうするのか。中には、生活に余裕のある人の道楽と思っている人も少なからず居る。

 以前、ご紹介した東洋経済の記事の中でも、既にかなり『子あり』と『子なし』の間に大きな溝が深まりつつある状況について特集されていました。
www.yutorism.jp

 特に、若い時期に雇用・所得の安定しなかった就職氷河期世代を中心に『負け感』を感じている人も多い。結局のところ、現在の状況を見ても雇用の不安定な層を中心に、結婚や育児を行なうためのハードルは、少々の児童手当や子育て支援程度で乗り越えられるほど低くはなく、これらの政策的支援が『勝ち組への支援』に思う人も少なくはないでしょう。

そうすると生まれるのは、単なる経済的な格差だけでなく、社会の分断です。それは保育園建設への反対や、ベビーカーを利用している人への嫌がらせや、マタハラといった形で顕在化していきます。

今回の提言の中で、子供の数を増やすことは社会保険の安定化に寄与するので、すべての人に恩恵があるのだ!といったことも謳われていましたが、それが目的であれば

  1. 労働者ひとりあたりの生産性を改善する
  2. 女性や高齢者を働きやすくし労働参加率を高める
  3. 外国人労働者の受入や海外投資を増やし国外の成長力を借りる

などなども考えられるわけで、その他の政策との比較がなければ、結局『子供を育てるのがそんなに偉いことなのか?』と社会の溝を深めることにも繋がります。

もし社会全体で本気で子育て世帯を支援して行くつもりがあるのならば、特別に切り離した形で制度設計をするのではなく、一般財源の中でその優先度を他の政策と比較検討した上で財源を手当していくべきじゃないのかなと思います。むしろ逆に、こども保険として切り出してしまうと『子育て支援の問題はそっちで解決してよ』となり兼ねないような気がしてなりません。

何にせよ、前に進んでいることは確かだと思いますので、みんなが納得できる仕組みにしていきたいもんですね。

ではでは、今日はこのへんで。

*1:平均は代表値として使うにはアレかもしれませんが、年次推移を見るくらいならちょうどよいでしょう。