こんにちは、らくからちゃです。
10月22日の衆院選に向けて、各党が政策の提示をはじめました。いち有権者としては、ちゃんと真面目に政策の王道を提示して頂きたいのですが、首を捻りながら奇策妙案の是非を考えてみるのもまた乙なものです。
今回、経済財政関連で上がった奇策妙案といえば、やはり『内部留保課税』になるでしょうか。
企業が溜め込んだ内部留保を課税対象にし、がっぽり持っていってやろうという案ですが、あまり評判は芳しくありません。諸々ご意見は頂いているようですが、世耕経産相からは『会計学上正しくない』なんてコメントまで頂戴しました。
ですがね。そもそも課税方法に、会計学上正しい・正しくないなんてあります?じゃあ、法人税・消費税・固定資産税・酒税あたりは、会計学上正しいの??『憲法や過去判例に照らし合わせて正しくない』と言われればわかりますが、会計学上正しくない税制なーんて言われてしまうと、いち会計学徒としてはもやっとしてしまいます。
というわけで本日は、内部留保課税を会計学的に考えて見てみようかな?とおもいまとめてみました。
浅学非才のいち一般人の戯言でしかございませんので、その旨ご容赦ください。
内部留保とは何か
今回話題になっている『内部留保』とは何か。これは会計学上厳密に定義されているものではありませんので、扱うひとによってそれなりに振れ幅があります。概ね一貫している範囲としては、
- 過去に企業が獲得した利益のうち、未配当の部分である。
- 実質的な運用状態は、現預金とは限らない。
- 狭義には、利益剰余金。広義には資本剰余金等を含む。
といった感じでしょうか。ここからは、会計学上馴染みのある『剰余金』を使っていくとしましょう。じゃあ『剰余金』とは何なのか。これは、『定期預金』とか、『修繕引当金』といった実際に使えるお金ではなく『借金』に近い概念だと理解してください。
ある会社が100万円のローンを組んで車を買ったとします。これは『100万円の車』と『100万円の借金』がある状態。資本金も似たような概念です。こちらは事業を立ち上げるために提供されたものの金額。会社立ち上げ時に100万円分の土地が提供されたなら、『100万円の土地』と『100万円の資本金』があると表現します。剰余金は、企業が事業を通して得た利益です。例えば100万円分の売上(原価はゼロ円と仮定)があった場合、『100万円の現金』と『100万円の剰余金』があると言うわけですね。
なんとなく分かりました?
企業会計の世界では、会社の財政状態を報告するために貸借対照表という資料を作りますが、これは左側(借方)に会社の中にどんな資産があるのか、右側(貸方)にどうやってそれを手に入れたのか?を記載します。こんな感じですねー。
会社の持っているものの(=資産)の総額と、それをどうやって手に入れたのか?つまり
- 銀行から借りた金額
- 株主に投資して貰った金額
- 取引での儲けの金額
の合計額は必ず一致します。
またローンを組んで手に入れた車を売って、機械を買っても借金が減ることは有りません。例えば100万円の現金を手に入れ、剰余金が100万円として計上したとしても、そのままの形で現金としてあるわけではなく、すでに他の設備投資に置き換わっている可能性があります。
その点が、多くの識者から『内部留保が沢山あったとしても、お金が余ってるわけじゃねーよ。設備投資に使われている分もあるんだから、そこに課税したら、しっかり投資している会社が苦しくなるわ。』というコメントにつながっております。
なるほどねー、留保金課税は会計の素人を騙すレトリック。カネを溜め込んで、余裕のある会社から取り上げるわけじゃないんだー、なるほどー。
せやろか?(´ε`;)
内部留保の会計学的に正しい使い方
ここまでの論議には、聞き飽きた方も多いのかもしれないが、もう少し会計学的なところに踏み込んでみたい。
そもそも剰余金とは何か?
株主の立場から見てみれば、それは配当を繰り延べ、社内て運用しつづけるものとした額が剰余金だ。やや古い資料になるが、我が国における上場企業の内部留保額のランキングは下図の通り。
(出典:総額550兆円…膨らみ続ける上場企業「内部留保」上位45社|ビジネス|ニュース|日刊ゲンダイDIGITAL)
トヨタ自動車を筆頭に、1兆円を超える額を抱えている企業もあり、総額400兆円が事実であれば、1%の税率でも4兆円もの税収を得られることになる。
では内部留保課税が行われた際、企業はどのような行動を取るだろうか?
1.利益の額自体を減らす
溜め込んだところで仕方ないのであれば、労働者の賃金をあげて内部留保を吐き出し、労働分配率が改善することを期待するひともいるようだ。実際に労働者と接する経営者からすれば、国に取られるくらいならば従業員のために・・・と思うかもしれないが、株主から見れば最終的な行き先が変わるだけであり、わざわざ取る選択肢ではない。
労働分配率は、改善すべきではあるが、一律に『ヤリ玉』にあげるのは、経済成長の観点からは悪影響が大きい。
例えば、作業効率が2倍になる可能性のある設備があるが、十分な資金の無い状況を想定しよう。必要な資金を株主から調達し、売上高は見事2倍になった。この状況で賃上げを行わねば、労働分配率は半減するが、賃金も2倍に上げるべきだろうか?
もしそれを認めるのであれば、リスクを取って投資を行う魅力は失われ、労働生産性はいつまでも改善することは無いだろう。
労働者の賃金は増えるべきだが、それには労働ルール違反の企業の排除や、非合理な雇用慣行の撤廃や労働市場の流動性の改善によって行われるべきであり、労働者と株主との間のゼロサム・ゲームにしてはいけない。というのが、わたしの意見だ。
2.配当額を増やす
現実的には、配当金を増やして溜め込んだ内部留保を社外に放出する選択肢を取るだろう。
しかし事業に必要な設備を売却してまでも、課税を逃れようとするのであれば、角を矯めて牛を殺すが如し行為だ。
3.税金を支払う
諦めて税金を支払う選択肢もあり得る。
その場合、負担額が大きいのは内部留保で多額の設備投資を行っている重厚長大産業や、いわゆるモノづくり企業だ。逆に言えば、固定資産を保つ必要のないネット企業やサービス業、それこそ人材派遣業あたりの負担は少ない。
4.資本金に振り替える(形式的増資)
あくまで課税の対象が剰余金ならば、いっそ資本金に振り替えるという選択肢もありうる。そもそも、事業の用に供するため社外へ流出することを認められない資産は、剰余金ではなく資本金で維持するのが"会計学上正しい"姿ではないのだろうか?
ただ資本金に振り替えるというのは、そうそう気安く行える話ではない。
資本金と剰余金
資本金とは何か、剰余金とは何が違うのかについて改めて考えてみよう。
資本金も剰余金も、ともに株主資本であり、株主の持ち物である。但し、剰余金が配当の原資として(法務省令等の規制はあるが)その額を配当金として受け取ることができるが、一度資本金に組み入れた金額はそれが出来ない。いわゆる資本不変の原則である。
語弊を恐れずに言えば、剰余金は株主のものであるが、資本金は会社のものである。
もし資本金を取り崩すのであれば、出席株主の2/3以上の同意をとる特別決議(欠損金補填の場合は普通決議でも可)に加え、債権者保護手続まで行う必要がある。一度、会社のものであると宣言した以上、株主ですら簡単には手出しできなくなる。
それと比べ、剰余金は株主にとっては扱いやすい。定款に記載すれば、株主総会すら必要なう、取締役会決議で行うことすら出来る。また剰余金から資本金への振り替え(無償増資)は株主総会での普通決議(過半数の賛成が必要)で行えるが、好き好んで資本金にする株主もそうそう居まい。
資本金は一度組み入れたら、取り崩しは非常に困難だ。出資額を上回る利益が生まれることを気長に待つしかない。であれば剰余金のまま運用するほうがよっぽど扱いが良い。留保金課税は、そこに冷水をぶっかける効果がある。
余ってる剰余金は
- 配当して吐き出すのか
- 資本とし再投資するのか
- それとも税金を払うか
の三択を強いることになる。いまどき、資本金の額が適正かなんて関心を持つ人は殆ど居ないだろう。ただ敢えて言えば、社外に流出させない予定の投資に充てるなら、剰余金ではなく資本金で持つ方がベターだ。結局、余った資金は再投資するのか、それとも配当として吐き出すのか。それを株主に迫るのは、ROE改善の一助にもなろう。
もっとも資本金を増やすには登録免許税も係るし、地方税の外形標準課税の額も上がるので、そのあたりの考慮も必要だ。ただ今まで以上に、資本政策が刺激的になるのは間違いないだろう。
例として適切かは分からないが『普通預金の残高に税金をかける』と言えば、おろして使うか、ちゃんと資産運用をするのか考えるようになるだろう。といった塩梅の議論である。
内部留保課税の正当性
ここまで読み進めていただけたならば、既にお気づきかと思うが、内部留保課税に全く正当性が無いわけではない。企業が剰余金として抱え込んだままにしている状態は、いわば配当課税の繰り延べであり、 そこから得られる運用益について課税すべしという判断は不自然でない。
それどころか、現行においても同族会社(オーナー企業と読み替えてもよい)に対しては、法人税法第67条によって既に留保金課税が行われている。また米国においてもAccumulated earnings taxの名目で、事業上の必要性が認められない留保金に対して、本則39.6%(現行20%)の非常に高額な留保金課税が行われている。加えて言えば、年金積立金に課される特別法人税(現在凍結中)も留保金課税の一形態と言えなくもないだろう。
出張中、タイの税制について調べていたところ、彼の国には『看板税』なるものがあるようだ。表示される看板とそこに記載された言語に応じて課税がなされるようであるが、何にどの程度課税するのかは、政治的な合意に基づき決められるものだ。
会計学が出来ることは、課税の根拠として内部留保(=剰余金)を使いたいのであれば、それがどういったものか示す程度のことだ(厳密にいえば、税務会計の分野の話だと思うけど)。
法人税廃止+配当・譲渡所得累進課税+内部留保課税案
内部留保課税についての一般的な批判として、既に法人税が課されたあとの利益に対して更なる課税を行うのは二重課税ではないのか?というものがある。既に、法人税と所得税の二重課税も指摘されているため、これも含めれば三重課税である。
確かに複数回の課税が行われることになるが『利益を計上する』という行為と『内部留保として保有する』という行為はまた別のものであるとも考えられ、一概に二重課税と断定出来るものなのかな?という点については疑問が残る。
むしろ法人税が引かれたあとの利益から行われた配当に対して行われる課税こそ、二重課税である。二重課税がいけないのであれば、いっそこんな方法も考えられる。
法人税全廃 m9( ゚Д゚) ドーン
二重課税の片方がなくなり解決だ。こんなこと言うと、気でも狂ったかと言われるかもしれないが、割と正気である。法人所得に対する課税額は、国と地方の全体で2割近くとなり、20兆円近い財源を埋める何かが必要になる。なに、二重課税を解決したのだから、もう片方側から取れば良い。
配当・譲渡所得累進税化 m9( ゚Д゚) ドーン
現在20%の配当課税を一気に50%まで引き上げる。法人税がゼロになった分、配当の原資となる利益の額は増えているはずなので(数字の上では)問題ない。課税のポイントを変えただけだ。
ならば法人税を残す場合と何が違うのか?それは個人の属性を加えた課税計算が出来るようになる。
法人を単位とした課税であれば、研究開発に積極的かなど、法人の属性を反映した課税が可能である。一方個人を単位とした課税であれば、資本収益の総額や家族構成など、個人の属性を反映した課税が可能である。現在、配当・譲渡所得は、申告分離課税性のもと、累進課税制度の対象から外れている。これを累進課税制度の枠組みに納め、高額所得者からは高い税率で徴税をする道が拓ける。
ピケティが示した資産への累進課税をやっちまえば良いのだ。
そこまでドラスティックな改革はせずとも、NISAの枠組みを増やすなどによって、類似の案を取ることも可能だろう。しかしこれでは、配当が行われるまで政府は徴税できない。そこで出番が回ってくるのが
内部留保課税 m9( ゚Д゚) ドーン
というわけだ。国際的な協調関係もあるため、いいなり大改革をすることは難しいが、少しずつそうした方向に舵を切ることは出来るだろう。
勿論、政治は地に足をつけて行って貰いたいもんだが、いろいろな妙案奇策をひねりだすのであれば、これくらい極端な案を掲げてみるのもまた一興だろう。仮に現実経済とズレていようと実現可能性がなかろうと、せっかくの機会なので、案を吟味してみるのはなかなか楽しい。
票は入れないけどね!
ではでは、今日はこのへんで。
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