ゆとりずむ

東京で働く意識低い系ITコンサル(見習)。金融、時事、節約、会計等々のネタを呟きます。

トイレットペーパーは『買い占め』も『買い溜め』も無く売り切れたのではないかという話

こんにちは、らくからちゃです。

何やらここ最近は、色んなものが売り切れる事態が起きていますね。ここ最近だとホットケーキミックスが手に入らない事態になったとか。

www3.nhk.or.jp

物不足が起こるたび『転売のために買い占めておるケシカラン奴がおる』とか『阿呆がパニックになって不要な買い溜めに走っておる』なんて声が上がり、『奴らを何とかせよ』という声が大きくなります。

確かに『買い占め』や『買い溜め』をする人が一定数おり、彼らが本当に欲しい人に物資が行き渡るのを滞らせているのは事実でしょう。でも彼らの行動を食い止めれば、どうにかなるのかなあ?なんて話を耳にしたので書いてみます。

トイレットペーパーは何故売り切れたのか

最近では随分マシになりましたが、一時期はトイレットペーパーが店頭から消えて「石油ショックの再来かよ!」とネットでも話題になりました。

大手調査会社のインテージが公表しているデータにも『不足しているマスクの材料に使うため、トイレットペーパーが不足する!!』なんて説が広まった結果、大きく販売量が増えたといった話がありました。

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(出典:値上げ実態と値上げに伴う市場の変化

じゃあ『パニックに陥った市民が急に店に押しかけた』とか『店頭から商品が無くなるのを見込んで転売目的で買い占めた人がいた』とか、そういう話があったというのであれば、それはそれで『デマではないか』をちゃんとチェックせねばならない思うんですね。

同じくインテージがNHKの番組で伝えていた情報としてこんな話がありました。

2020/04/17 NHK総合 【ニュースウォッチ9】
検証“買いだめ”・トイレットペーパーに殺到した人々
「トイレットペーパー消費(伸び率)」(インテージ調べ)。
休校要請があった日の翌日トイレットペーパーの売れ行きは、ふだんの5倍以上のピークに達した。
中でも伸び率が最も高くなったのが信越、北陸地方。
現地で当時のことを聞いても大量に買いだめをした人は1人も見つからなかった。
ほとんどの人がふだんより少し多めに買ったと口をそろえた。
この傾向は全国の消費データからも。
1か月の間にトイレットペーパーを100人当たり、どれだけの人が買ったかを示すデータ(インテージ調べ)では、1月の平均が6.4人、2月は10.3人。
インテージ・小林恵一は「買っている個数以上に買う人が増えていた」と話した。
買いだめを沈静化させる要因の一つとなったのが販売側の努力。
メーカーや小売り店などは1日当たりの配送量を増やし店舗への配送を強化。
大手スーパーでは、店舗によって特売の売り場を設けたり、トイレットペーパーを山積みにする見せる陳列を行ったりして、消費者の不安の解消に努めた。
福井の映像。

https://jcc.jp/news/15855312/

 『買い溜め』『買い占め』がなくとも売り切れになる

『買い溜め』と言う言葉の定義は中々難しいところがあります。

"数ヶ月以上使い切れない大量のストックを買い込むこと"と定義すると「ふだんより少し多めに買った」は該当しないでしょう。必要最小限しか買わないことと言われていない以上、通常の購買頻度の範囲ですね。

オンライン家計簿のZaimが中々興味深いデータを出しているのですが、一般家庭におけるトイレットペーパーの購買頻度は下記の通りだそうです。

トイレットペーパー(平均単価 473円)
● 単身 53 日/回
● 二人暮らし 43 日/回
● 三人世帯 42 日/回
● 四人世帯 40 日/回
● 五人以上 38 日/回
トイレットペーパーなど消耗品を使い切るタイミングを家計簿から自動で算出、「Zaim 消耗品購入タイマー」機能を公開|株式会社くふうカンパニーのプレスリリース

だいたい40日に1回程度買う程度といった感じでしょうか。

土日も含めて需要の変動に大きな波が無いと考えると、店舗には来店者の40人に1人に販売出来る在庫が確保できていれば良い計算です。在庫の搬送頻度や欠品リスク対応を考えても、20人に1人分(つまり5%)くらいあれば十分でしょう。

逆に言えば、その程度しか無いと考えるのが自然です。来店者の5%以上が同時に購入を希望した程度でも、すぐに在庫は無くなってしまうんです。そしてサイズが大きい分、補充の速度もすぐには上げられない。

そもそもトイレットペーパーみたいにガサがあって、保管にも輸送にも困るようなもの転売向きじゃないですし、まとめて買い溜めするのだって大変ですよね。

つまり「パニックになって買い溜めようとする阿呆」や「転売のために買い占めようとする馬鹿」がいなくても、みんながちょっとずつ「念の為買っておくか」と行動するだけで、一気に在庫は底を尽きた。という話はスジが通っているように思えます。

トイレットペーパーが売り切れたもう一つの理由

そしてもう一つ、「タイミング」についても考える必要があります。

学生の頃「デファクト・スタンダードはどのようにして生まれるのか?」をテーマに、ネットワーク科学の勉強をしていました。

この領域は、

  • 感染症の拡大はどうして生まれるのか
  • バズはどうして広まっていくのか
  • 特定の言語や貨幣が使われるのは何故か

といったクラスターの形成に関する事象の研究が大きなテーマになっています。その中で繰り返し取り上げられるのが『豊川信用金庫事件』と呼ばれる取り付け騒ぎです。

これは女子高生がバスの中で「信用金庫は危ない」と友達にいったことがキッカケで、街中の人々が信用金庫に押し寄せる結果になったものです。その情報の伝播の仕方は広く調査研究されており、この分野では事例として良く取り上げられます。

実はこれ、発端となった女子高生は「金融機関は銀行強盗が来そうで怖い」といったニュアンスで言ったものであり、本来直接は関係のない話でした。

それが何故こうも広がってしまったのかというと、ちょうどオイルショック等で社会的な不安が高まっていた時期であり、何か行動の裏付けとなる「エビデンス」を欲していた人たちが飛びつき、噂として伝播させた結果起こった事象でした。

今回のトイレットペーパーの件も、結構似たところがあるんじゃないのかなあと思うんですね。2月27日に、何があったのか。もう一度思い出してみましょう。そう、こんな話がありましたね。

www.nikkei.com

臨時休校になったからといって、人間の排泄のリズムが変わるとは思いませんが、ご家庭でお尻を拭う回数は増えるでしょう。社会全体のマクロでの需要には代わりないのが、一般家庭というセクターでは一時的な需給の崩れが生じやすい。

デマだけでなく、「マスクのトラウマ」が色濃く残る中、需要と供給の崩れの予想もあり、より過剰な反応を生み出す下地もあったのでしょう。

悪いのは誰なのか

こうして物不足で、ひとびとが不満を抱える状態になると、すぐに「犯人探し」が始まります。

OK、確かに根拠のないデマを流すのは悪いことです。もちろん不必要に買い溜めをしたり、困っている人が居るのに転売でひと稼ぎしようとするのは眉を顰められる行為です。(経済学的にどうかはさておきね)

でもそうした人たちを吊し上げている間にも、じわじわと物が売れていき、店頭から在庫が消えます。そしてそれを見た人たちが、更に「念の為」とごく少量を追加で購入し、予言の自己成就が産まれていきます。

お一人様、ご家庭あたり1つなんて制限をかけても、この売れ方をしているのであればさして効果はありません。あとは値段を一時的に上げるか、整理券での販売や引渡券での販売など、特殊な販売方法をすれば一定の効果があるかもしれませんが、火に油を注ぐ可能性もあります。

むしろ怖いのが、ただ聞いた話をツイートしただけのひとや、諸般の事情で多めに買っていただけの人に対して、憎悪の目が向けられることでしょうね。そういや米8kg買っただけで叩かれていた芸能人も居たような気がします。

そうした世相を眺めておりますと、過剰に物を買わないことよりも、過剰に恨みつらみを自己生成しないこと。これが我々ひとりひとりが出来ることなんじゃねえのかな?なんて思う次第であります。

ではでは、今日はこのへんで。