ゆとりずむ

東京で働く意識低い系ITコンサル(見習)。金融、時事、節約、会計等々のネタを呟きます。

税制大綱の『内部留保から賃金・投資へ』がモヤモヤする

こんにちは、らくからちゃです。

会計システムのお仕事をしているため、税金に関するニュースは一通り目を通すようにしておりますが、税に関するここ最近での一番大きなニュースといえば、2020年度の与党税制改正大綱でしょう。

与党税制改正大綱とは、増税や減税、新税の導入に関するの与党の基本的な方針を示した決定のことです。この決定自体には法的拘束力はありませんが、この決定を引き継いで政府の税制大綱閣議決定され、具体的な立法プロセスに進んでいきますので、かなり実現可能性の高い方針です。

全文はこちらで公開されています。

www.jimin.jp

一般庶民にとって、今回の一番の目玉は「無印」「ジュニア」「つみたて」と、ぐちゃぐちゃになったNISAの改正でしょうね。

  • 無印  :2階建制度導入でさらなる混沌へ
  • ジュニア:圧倒的破壊力と存在感の無さからの廃止へ
  • つみたて:期間延長で安心して使いやすく

といったところでしょうか。ただ序文を見ている限り、与党としての一番の目玉は「内部留保を積極的に投資させるために後押しするぞ!!」ってとこなんでしょう。

これがまあ、さっぱり何を言っているのかわからないんですよね。

内部留保が多いってどういうこと?

与党税制改正大綱には、こんな塩梅で記載されています。

②投資や賃上げを促すための措置

企業におけるいわゆる内部留保、特に現預金はいまなお増加してきている。積極的な投資や賃上げなどの重要性については、これまでの累次の与党税制改正大綱で指摘してきたところであるが、経営者自信の意識改革が重要であり、「攻めの経営」に向けた自己改革と挑戦を改めて強く求めたい。今回の税制措置の効果についてもしっかりと検証する必要がある。加えて、いわゆる内部留保、特に現預金に対しては、以下の措置を併せて講ずることとする。

イ 企業マインドを変革させ、果断な経営判断を促す観点から、収益が拡大しているにもかかわらず賃上げも投資も消極的な企業に対し研究開発税制などの租税特別措置の適用を停止する措置を強化する。

ロ 大企業に対する賃上げ及び投資促進税制について、設備投資額が増えてきている状況に鑑み、設備投資要件を強化し、賃上げへのインセンティブを通じた税制効果を発揮しやすくなるように見直す。

ハ 一部の大企業において、接待飲食費の特例によって交際費が大きく変化している状況とは言えず、現預金の大幅な減少に寄与していないことから、資本金の額等が100億円超の大企業について、この特例の対象法人から除外する。

なにこれ大本営発表? と読んでるだけでも目眩でくらくらしそうな文章です。

この文章の著者は、「内部留保」と「現預金」は近しい関係にあるものと定義しているようです。その上で、内部留保を溜め込まずに、もっと賃上げや投資に使っていって欲しい。そんなことを言おうとしているようです。

一般的な会計学を学んできたひとが、「内部留保」と聞いて通常想定するのは貸方の部の「剰余金」に分類される項目です。一方、この文章を読む限り、「内部留保、特に現預金」とまで言っているので、借方の部の現預金に該当する何かしらを言おうとしているとしか思えません。

専門用語をばかりだとアレなので、図にしてみるとこんな感じですかねー。

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会計の世界では、会社の中にある資産はすべてその裏付けとなる根拠があると考えます。例えば金庫に100万円が入っているとすると、事業の開始資金として調達した(資本金)か、誰かから借りた(借入金)か、いままでの利益の積み上げ(剰余金)のどれかがあるはずです。

その現金を使って、商品や設備を買えば、直接の関係は途切れます。でもその総額は常に一致します。こうして「資産(運用方法)」と「資本(調達方法)」をまとめた表が、いわゆる「貸借対照表」です。(まあ実際のB/Sはこんな簡単なもんじゃないですが...)

何の注釈もなく内部留保と言えば、剰余金、過去の利益の蓄積のことを指します。貸方の部の話であり、借方の部では在庫や機械に姿を変えている場合も多いため、内部留保=剰余金が多いからといって、現預金が多いとは限りません。

内部留保と税金

以前、内部留保に対する課税が話題になったとき、内部留保が多いからと言って現金が多いわけじゃないので課税は酷だという話が多くでました。その程度であれば「せやな」というレベルの話ですが、中には会計学的に正しくないなんて言い始める政治家まで出てきたので「せやろか」と思った点をまとめました。

www.yutorism.jp

最初に念押ししておきたいのですが、わたしはなにも積極的に内部留保に対する課税を行うべしと主張したいわけではありません。ただ「内部留保課税は会計学的に正しくない」とまで言われてしまうと、元会計学徒としては、それはそれでどないやねんと思うんですよね。

まず現金が無いからダメだというのならば、法人税や固定資産税も現金の動きと直接連動しません。これらの税は現金がない場合は借金してでも払わねばなりません。現金の有無と、課税の是非は切り離して考えるべき事項です。

また生産に必要な設備の裏付けとなっている内部留保が多い製造業が打撃を受けるという話もありました。より純粋に会計学的に考えるのであれば、経営に最低限必要である資産は、株主に配当される可能性のある剰余金ではなく、取崩しに厳しい制限のある資本金の裏付けがあるべきです。そして資本金に振り替えるなら、内部留保の定義からは外れ、課税の対象外になるはずです。

法人税を取ったあとの剰余金から更に税を取るのは二重課税になるため、よろしくないといった話もありました。確かに海外の会社に投資したとき、現地と国内で二重に課税されると、国を跨いだ投資をする会社にとっては不平等になるため、対応が必要です。しかし内部留保は、株主への配当を繰り延べている状態であり、そうでない企業と比べると利息のぶんだけ不平等な状態ですので、むしろ平等にするためには課税すべきという結論になります。

長々と脱線しましたが、話が剰余金への課税であればそれなりに「議論の余地」くらいはある気がしますが、借方の部の現預金が多いことにケチをつけているならば、全然別の話になります。

企業が現金を手放さない理由

そもそもどうして企業は現金を手放さないのか。普通預金なんて持っていたところで、もはや雀の涙どころかノミの汗ほどの利息もつきません。逆に言えば、現金を保有するためのコストも以前ほどはかからないんですよね。

現金が余ったときに企業は、借金の返済をしたり、自社株買いや増配をして株主に利益を吐き出す「貸方の部」の改善か、在庫を増やしたり設備を増強する「借方の部」の改善を図ります。

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銀行からの企業の借入は年々減少しており、もう十分に借入は圧縮できたでしょう。金利も大幅に下がっており、現金保有のためのコストも非常に安くなっている。一方、物価増加の足音も感じられない中では、「いま買わないと損!」というモチベーションも刺激されませんし、あえてリスクを取る必要も感じられないのでしょう。

「お金が余ってるなら給料を増やせばいいじゃん」というのは、勿論それが正解なんですけど、少なくとも会計上は給与の増減はP/L上の話ですよね。現金が余っているというB/S的な話とはまたちょっと毛色が違うんじゃねえのかなあと思うんですよね。現金が無くとも必要なら借入をして給与を増やしますし、そうでないと感じれば現金が余っていても何もせんでしょう。

(勿論、製造原価を通して在庫には計上されますし、積極的に人件費を増やすことで簿外の資産は増えるでしょうけどね)

結局は、

  • 低金利下で現金が過剰でも損益への影響は限定的
  • 物価がなかなか上がらず投資を行う魅力も限定的

だから現金を手放さないって話なんじゃないの?と、思うんですけどねえ。

あともう一つ、大企業が中小企業のもつノウハウを利用したイノベーションを活用できるように「オープンイノベーション推進税制」なるものも考案されました。これはある一定の条件下に株式を取得した場合、取得に要した費用の25%を損金(税金を計算する際の利益から差し引く)ことが出来るというメチャクチャパワフルな節税策です。

 エンジェル税制の企業版と思えば良いかも。

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「余っている現金を上手に活用しろよ!」っていうお題目もついているのですが、これもイマイチ辻褄が良くわからないんですよね。出資の方法は、株主からの買取ではなく、資本金の増加を伴うものでなければならないらしい。とすると、支払った現預金は出資先に振り込まれる。

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両者を併せてみれば、左から右にお金が動いただけで、それ自体は現金の増減を伴いません。それどころか節税で税金が圧縮されるぶん現金は増えます(笑)。

結局、金融機関が吸収して引き上げない限り、現金はどこかにあるんです。日銀が蛇口を全開にしたぶん、ジャブジャブの状態なのは、アベノミクスとやらの結果じゃん。

大事なのは、現金が淀みなく流動して動いていることなんでしょう?特に、賃金を通して企業部門と家計部門との循環も活発にして、色んな製品やサービスが生まれやすい土壌を作ることが本当にやるべきことなんでしょう。

にもかかわらず、あたかも「企業にたくさん現金があるのが悪い」みたいに言い始めるから、意味不明になってしまう。まあそう考えると、20年間も家計の資金を拘束させる「つみたてNISA」って、いまの日本に本当に必要な政策だったのかなあってところは思うところでもありますね。

ではでは、今日はこのへんで。