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ゆとりずむ

東京で働く意識低い系ITコンサル(見習)。金融、時事、節約、会計等々のネタを呟きます。

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戦友が死んだ



妻の飼っていたオカメインコが死んでしまった。名前はぴか、5歳半のメスだった。

 

最初に異変に気がついたのは、いまから一週間前、23日金曜日の夜のこと。妻が、『ぴかが下痢のようなうんちしてる』と言った。ぱっと見たところ、たいしたことは無いように思えたが、『念のため先生に診てもらいたい』と言ったので、翌日、近所の動物医院に連れて行く事にした。

 

24日土曜日、朝起きると、昨日よりも元気そうだったが、『鳥は、元気な振りをするから』と言われ、いつも診てもらっている動物医院まで連れて行った。そこでは、『風邪ですね』と言われ、抗生物質の入った薬を貰った。

 

連勤続きで久々の休日だった。妻とも、随分遊びに行っていなかったので、土曜日は代官山、日曜日は上野と二人の休日を満喫した。その間、ぴーちゃんはお家でお留守番だったが、家に帰ってくると、ドアを開ける前から『おかえり!』というようにいつもどおりぴーぴーぴーぴーと鳴いてくれた。

 

薬は言わせたとおりに飲ませ、様子は日に日に良くなっているように思えた。異変があったのは、月曜日の朝。普段、部屋に陽の光が入ってくると、『おはよう!』というように大きな声で鳴き始めるのだが、この日の朝は静かだった。私が籠を見ていると、隅のほうで目をつむってうずくまっている。寝るときは、枝の上で首を畳んで寝る子だったので、そんな姿を見たことはない。今度は、私にもいつもと様子が違うことが分かった。

 

26日月曜日、その日は、妻が2ヶ月に一度、実家近くの病院に通院するため帰省する日だった。実家の近くには、鳥専門の獣医さんがいる。そこで診てもらおうと、連れて帰った。実家に連れて帰ると、下痢はまだ続いていたものの、いつもの様子に戻っていたそうだ。その日は妻自身の通院もあっため、念には念を入れるつもりで翌日の午前に専門医のところに連れて行ったそうだ。

 

27日火曜日、妻から『ぴぴ、思ったより悪いみたい』という連絡が来た。病院に連れていったところ、糞からなにかしらの菌が見つかり、元気がないのはそれ以外の未知の原因もあるかもしれない。との話だった。新しい薬を貰い、治療に専念するため、暫く帰れないかもしれない。次に先生に連れて行くのは30日金曜日。でもそれまで持つか・・・という話だった。

 

前日連絡を受けた時は、下痢は続いているもののおもちゃでも遊び、元気そうにしていると言われて安心したところだったので、事態が全く飲み込めなかった。心配そうにしている妻に、『専門の先生に見てもらって、ちゃんとお薬も貰ったんだから、言いつけ守ってたらすぐ良くなるって』と言うことしか出来なかった。

 

28日水曜日の朝、ただひたすら良くなることだけを祈り、翌朝連絡したが『もっと元気なくなった』との返事が帰ってきた。もう、枝につかまるだけの元気もなくなり、地面に座り込んでしまうようになってしまった。昼休み、精魂尽き果てた様子の妻に、ただひたすら『大丈夫だよ』ということしか出来なかった。専門医の先生は、メールでの相談も受けてくれ、状況を伝えたところ、休みにもかかわらず見てくれるとの話だった。

 

病院では、栄養価の高いバニラの香りのついたミルクを貰った。病院から帰ってくると、それを飲み、粟穂も食べ、枝にも掴まれるようになり、またおもちゃでも遊べるようになった。妻は、その様子を逐一連絡してきてくれた。しかし、 胸を撫で下ろしたのもつかの間、また様子が悪くなってきたとの連絡がやってきた。

 

『仕事が終わった後、会いに来て欲しい』そう、妻に請われた。翌日の打ち合わせの準備がまだ残っていたが、ムリをすれば終電で行くことは出来た。ただ、連日の疲れと、どこかにあった『まだ大丈夫じゃないか?』との気持ち、そしてここで行けば、『生きているとりちゃんに会えるのは最後かもしれないかも・・・』という言葉を肯定するように思えて、その申し出を断った。

 

本当は、『◯◯のために、まだ生きているぴかに会わせてあげたい』という言葉の影に、『ぴかのために、まだ生きているうちに一緒に過ごした人たちに会わせてやりたい』という想いがあることを感じながらも『きっと元気に帰ってくる』という言葉でこじつけて、誤魔化した。

 

29日木曜日の朝、目を覚ますととスマホには一晩中、鳥の様子について書き残したメッセージが残っていた。返事を返すと、痛々しい姿になった鳥の写真が帰ってきた。会社についた後、抜けだして電話をすると『いよいよ、もう駄目かもしれない』と言われた。妻には、今までどおり『波があるから、良くなる時と、悪くなる時があるよ』と言ったが、『もういいから、駄目だから、最後にお話してあげて。』言われた。

 

スピーカーモードになった電話に向かって、『今まで、◯◯といつも一緒にいてくれてありがとうな』と声をかけた。妻からは、『反応した!』と嬉しそうな声が帰ってきた。『そうだ、ぴかの好きな曲をかけてやろう』と、妻は、いつも私の帰りを待ちながらミシンで縫い物をしたりしている時に流しているジャズをかけてやった。

 

この曲が掛かっている時、ぴーちゃんはいつも、妻の肩の上にのっている。曲をかけたところ、とうに動けない体のはずなのに、籠の奥から歩いてやってきた。いつものように、外に出して、というように。今日は、なんとか予定を早く切り上げて、どうなったとしても、実家までいくからな。それまでぴーちゃんを頼むな、と伝え、電話を切った。

 

午前中の打ち合わせは、私が専門家として、クライアントへの提案についてレビューするものだった。いつものように、半分おちゃらけながら乗り切った。普段であれば、専門知識が活かせる打ち合わせは、達成感と充実感がある。この日も、『その観点は、無かった』と言ってもらえたものの、『この打ち合わせさえなければ』と恨めしく思った。

 

『ぴぴ、10じ18分に亡くなったよ』
『すごいりっぱだったよ』

 

というメッセージを見たのは、打ち合わせが終わった後だった。妻に、なるべく早く行く、と伝えた。

 

午後の打ち合わせは、クライアントの希望により、予定より早く開始し、早く終わった。時間は16時30分。本来であれば、事務所に戻ろうと思えば戻れる時間。『期限は無いがなるはやで』の仕事は山積みに残してある。だが、今日ばかりは勘弁して貰おう、そう決めて事務所と反対側の電車に飛び乗った。

 

妻の実家についたのは、19時を過ぎた頃だった。途中、駅まで出迎えてくれた妻の顔は、とても化粧で隠せるほどではないほど疲労に満ちていた。三日三晩ほど、ほとんど寝ていなかったようだった。歩きはじめるとさっぱりした表情で『やれるだけのことはやってあげたから、悔いは無いんだ』そんなことをずっと話していた。

 

妻の実家につくと、ぴーちゃんは冷蔵庫の中から出てきた。腐敗を防ぐため、綺麗な姿を残すためには必要なことだった。しかし、鳥は病気の時には暖めることが最重要であり、その真反対の措置を、妻がせざるを得なくなったことを改めて思い、胸が痛くなった。

 

『解剖とかは、しなくていいの?』と聞いた。『ぴーちゃん、きれい好きな子だったから、そのままの綺麗な姿でお空に返してあげたい』それが妻の希望だった。妻の実家近くの火葬場にお願いすることも考えたが、ぴーちゃんが大好きだったおうちに連れて帰ってあげたい、一緒に飼っていたセキセイインコのぽーちゃんにも最期にひと目見せてやりたい、そう思い帰路についた。

 

途中、花屋で『ぴーちゃん、お花も好きだったからなあ』と二人でブーケを1つずつ選んで買った。本当であれば、いつものように『ぴーちゃんを冷やさないように』と気をつけて乗るはずだった電車に、『ぴーちゃんを温めないように』と乗らなければならない。

 

家に帰る途中、ペットの移動火葬を行ってくれる業者に連絡した。夜12時で良ければ大丈夫、との言葉を聞き安心する。明日になれば、私の予定もぴーちゃんの状態もわからない。

 

21時過ぎ、家に帰ると、ぽーちゃんが『おかえり!』と出迎えてくれた。だがそこにはもう、ぴーちゃんの声は無い。帰るとすぐに、妻は机を綺麗に掃除し、保冷剤の詰まった箱からぴーちゃんの亡骸を取り出した。今にも、動き出しそうな、いつもと同じうちの子が居た。ただひとつの違いは、動かず、冷たくなってしまったことだけだった。

 

『こんなに冷たくなっちゃって』。ぴーちゃんを抱きしめ、妻は泣いた。火葬業者が来るまでの時間は3時間。それを過ぎると、もうこのもふもふの体を抱きしめることも、匂いを嗅ぐことも出来なくなる。

 

まずは、いつも大好きだった鳥かごに花束とともに入れてやる。冷たくなり、横たわっているところを除けば、いつもと同じ光景だった。こんな、ちいさくも幸せな景色もこれが最後になる。

 

その後、病原菌が感染しないよう、最善の注意を払いながら、ぽーちゃんにも対面させる。いつもとの様子の違いを察したのかどうかまでは分からないが、いままでに聞いたことのない鳴き声をあげた。その後、じっと動かなくなった体を見つめていた。

 

それからの時間は、ただひたすら、ぴーちゃんの思い出について語りあった。以前、妻のブログのほうに書いたことがあるが、彼女は障害のため、18歳から、人生で一番濃密な時間を、ずっと家にひとりで過ごすことになった。

症状に苦しめられた時、どんなときもぴーちゃんは妻の側に居た。3年ほど前、同棲生活をはじめた後も、私の帰りが遅い時や急な徹夜仕事や出張が入った時も、どんな時も、ぴーちゃんは妻の肩の上に居た。

 

ペットについての想いは、ひとそれぞれの深さがあると思うし、それについて比べるつもりは何もない。ただ、妻にとってぴーちゃんは、家族以上の、親友以上の、戦友とも言える存在だった。それは、彼女と一緒に過ごす私にとっても同じことだった。

 

ぴーちゃんが家にやってきたのは5年半前。一目見て、『この子だ!』と決めた。全身が黄色くて、ほっぺのところが赤くてピカチュウみたいだから『ぴか』。名前もすぐに決まった。『他の人が、外で働いているのに、自分はなんの役にも立っていない。』そんなコンプレックスに押しつぶされそうになった時も、ぴーちゃんは自分のことを必要としてくれていると思うことが出来た。家でずっとひとりで寂しく過ごすしかないときも、ぴーちゃんはいつだって話を聞いてくれた。辛くて涙が出た時に、その涙を拭ってくれるように、舐めてくれた。ぴーちゃんは、青春そのものだった。妻からの思い出話は尽きなかった。

 

オカメインコの寿命は20年前後。指を出せばのってくれ、本を読む時やネットを見たり、ミシンを弄るときはいつも肩の上にいて、撫でてやろうとすると頭を下げる。おしゃべりすることは出来なかったが、『ぴーちゃん!』と呼ぶと、いつも『きゅい!』と返事が帰ってくる。そんなささやかな幸せが、あと少なくとも10年は続くと思っていた。

 

だが、明日からの生活にぴーちゃんは居ない。ぴーちゃんの声で目を覚まし、ぴーちゃんの声に出迎えられて家に帰る。その日々はもう帰ってこない。もう、戦友はいないんだ。そのことに妻は耐えなきゃいけない。そう思うと、ただひたすら胸が痛くなった。

 

時間は刻々と過ぎていく。棺代わりの段ボール箱に、買ってきた花を敷き詰める。愛用のおもちゃの一部も入れてやる。お腹をすかさないよう、餌や粟穂も入れてやった。『あとこれもいれてあげたい』と妻がいったのは、細工用の小粒の真珠。ぴーちゃんは、光物が大好きで、妻の指輪やアクセサリーをみては、良くつついたりかじったりしようとしてきた。

 

『ぴかは、きれい好きでおしゃれさん』と妻は言う。少しこぶりな体格で、ピンと伸びた冠羽に真っ赤なほっぺ。ペットショップで他の子を見ても、『うちの子が一番かわいいね』と、妻といつも親ばかをしていた。いつでも身だしなみには気をつけ、体が汚れることが大嫌いな子だったので、綺麗な姿のまま送り出してあげることができて本当に良かった。

 

諸々の事情で、火葬業者は1時間ほど遅れて到着した。最後に、ぽーちゃんにも棺に入った姿をみせてやり、家を出た。火葬自体は、全ての工程を含めても30分足らずで終わった。おっきくて、ふわふわだったぴーちゃんの体は、小さな骨壷に入って戻ってきた。この業者については、大変満足行く対応をしていただけたので、別の機会にでもお伝えしたい。

 

何より、遠く離れた妻の実家近くの葬儀場ではなく、いつもぴーちゃんが窓から眺めていたこの街で、空に帰っていけたことが嬉しかった。きっと、ここなら迷わずうちまで遊びに来ることが出来る。いつだって側にいてくれる。そう、思えるような気がした。

 

愛用の品のうち、一部は手許に残すことにした。『ぴーちゃんが、この世にいたって形跡が何も無くなってしまうのが悲しい』と妻は言った。

 

以前どこかで、あまりブログやSNSなどで読みたくないテーマの上位として『ペットの話』があがっているのを見たことがある。私としても、気持ちのいい話でも無いし、書いたところで気が晴れるわけでも無いので、こんなことを書くのもどうかと思った。ただ、ほんのすこしでも、戦友の生きた形跡を残してやりたい。もっと、色んな人に、うちの小さな戦友の姿を見て欲しい。そんな気持ちで、いまキーボードを打っている。

 

自己満足で書いているブログだが、気がつけば読者数は1000人を超え、『知らなかった』『面白かった』そんなコメントを貰えることもあった。今日は、それに免じて、うちの子の自慢をさせてもらうことを許して欲しい。

 

 

いつも、妻の側にいてくれて、ありがとうな。最後の最後まで、妻を心配させまいと、苦しくても元気なふりをしてくれたんだろ?昨日から、君の姿は籠にいないけれど、いつだって側にいてくれているんだろ?遺骨は、二人のお墓に一緒に入れさせて貰うから、それまで向こう側で、のんびり見ててくれよ。

なあ、戦友。

 

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2015年10月31日。

 

P.S.

ぽーちゃんも、同じ病気にかかっているといけないので、病院に連れて行きました。幸い、同じ病気には掛かっていなかったものの、別の病気が見つかったので、治療しています。

妻は定期的に連れて行ってくれていたのですが、それでもやはり病気の進行を止めることが出来なかったので、ある種仕方のないところもあります。ただ、何かあった時に『もし、こうしてあげたら助かったかもしれない』そんな風に思わなくて済んだことは、今回大きな心の支えとなりました。

検査自体は、それほど高いものでは有りません。医院にもよりますが、特に異常がなければ1000円未満でも診てもらえるようです。

また、鳥専門の病院って、先生の指導が厳しいことも多いのですが、しっかりした検査もしてもらえますので、定期的に連れて行ってあげ、接点を作っておいたほうがいいな、ということを改めて思いました。